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ミス・ポーカーフェイスの野望




 周りの客全員が固唾を呑んで、観戦している。

 中流貴族のお嬢様アリステラ・フォストと無敗のギャンブラーであるギャロウェイとのカード対決を。


「チェンジ」

「同じく」

「ワンモア」

「おっと、俺もだ」


 流れるように勝負は進んでいく。アリステラ嬢は少し前からこの王国公認の社交カジノに入り浸るようになり、勝ちを重ね続けていた。

 淡々と手堅く賭けつつも、張るべきときは大胆に。まこと隙の無い王者の風格。何よりその氷のように怜悧な笑みをどんな状況でも崩さないことから、アリステラ嬢には以前から囁かれていた〈ミス・ポーカーフェイス〉というあだ名が二つ名として定着した。

 

 ここで彼女から何故カジノに来るようになったか……だが、簡単に言えば婚約破棄されたためだ。許嫁から一方的に、真実の愛を見つけたと突っぱねられた。美しいが常に人形みたいな娘よりも、ころころと表情が切り替わる朗らかな娘の方が許嫁はよかったらしい。

 アリステラ嬢がそのように振る舞っていたのには理由がある。許嫁が幼い頃に「私は粛々と笑みをたたえて静かに傍に佇むような女性が好みだ」と言ったのだ。

 よく笑いよく泣きよく怒る、可愛らしいお嬢様はその日から自分は完成された人形のようにあろうと努めた。許嫁の要望に懸命に応えようとしたからこそだったというのに。

 勿体ないことをしたと許嫁が思うこともないのだろう、完全に己の発言を忘れているのだから。ボケナス以下の何者でもない。


 ちなみに、信頼し心を許した家族や使用人の前では変わらず、感情を豊かに表現されるお嬢様である。

 婚約破棄直後、許嫁に対しての怒りと悲しみは護身術の指南役に向けられ、指南役はボッコボコにされるのを甘んじて受けた。それからは母君と妹君と一緒にスイーツをヤケ食いしながら楽しそうに愚痴大会を繰り広げたり、幼い頃からの親友との観劇や保養地への滞在でゆるりと気分転換したとのこと。リフレッシュされたのなら何より。


 このように傷心の時間が過ぎ、一通り気持ちの整理をつけたアリステラ嬢が考えたのは、なんと金について。親思いの娘は、ケチがついてしまった自分が新しい愛を見つけるための軍資金ないし持参金をたんまり稼がねばという結論に至った。お嬢様の逞しさにはほとほと感服。

 そうして方法を模索していた時、ギャンブルにはポーカーフェイスが標準装備で肝だと耳にしたアリステラ嬢。

 彼女はそんなことはあまりにも簡単だと苦笑してしまった。何故なら自分がずっと日常的に行っていたことだ。長年の顔筋コントロールの賜物で、表情は自由自在に操れる。許嫁のためにポーカーフェイスであり続ける努力は無駄に終わってしまったが、残るものもあったというべきか。


 ――かくしてアリステラ嬢はカジノの門を叩く。


 容赦なく浴びせられる、耳を塞ぎたくなるような敗北者のやかましい罵声も婚約破棄についての下品な野次も家名を貶めるような矮小な揶揄も、彼女の氷の仮面を割ることは能わず。ゲームでは相手に悟らせることも自分が悟ったことも、苛立ちも動揺も悲しみも愉悦も一切気づかせない。

 無を張り付けたように揺らがない澄ました顔。まさしく〈ミス・ポーカーフェイス〉という二つ名は彼女にふさわしい。勝っていようと負けていようと挑発されようと泣き落とされようとその仮面は微動だにしない。

 貴族社会の荒波に揉まれ獲得した処世術に加え、花嫁修業で培われた知識に裏打ちされた演算と推測能力も相まって、相手はどんどんと追い込まれていく。勝手に疑心暗鬼になり、不安に呑まれる。読みを失敗し、勝ちを焦り出した頃に仕掛けられたら取り返しがつかない……大体そのパターン。

 今回も同じだったようだ。


「カードオープン。……これでおしまいかしら」

「ああ……、俺の負け、だな……」


 ワアッと歓声があがる。無敗のギャンブラーに黒星を付けたお嬢様。さすがです。わたくしも鼻が高いというもの。今回は七手めが分かれ目でしたね。


「おめでとうございます、アリステラ嬢」

「当たり前でしょう。ですが、ありがとうございます、イルーゼ」


 遅ればせながら、わたくしフォスト家お抱えの教師兼護衛のイルーゼ。いえいえ、彼女を社交カジノに誘導したのがわたくしだなんて滅相もありませんが。お手伝い? はてさて何のことやら。お嬢様の実力に疑問でもおありで?


「これでようやく……」


 怒号のような周囲の熱狂はとまらない。アリステラ嬢もふるふると歓喜に震え出しているのがわたくしにも見て取れた。

 そうですそうです、若者は素直が一番。お疲れでございましょう。よくお励みになられましたね。お気持ちを爆発させてもよい頃合いかと。


「うふふ……やった……! 勝った! 勝ったわ! これで私の野望を叶える資金は調達できた! 待ってて、素敵な旦那さま……っ!」


 ポーカーフェイスを解いて、初めてこのカジノで感情をあらわにしたお嬢様。喜びの声をあげて、ふにゃりとした笑顔でパチパチパチと自分自身に拍手を送るその様は文字どおり花開くようで。

 喧騒がピタリと止んだことに、彼女はハッと気づくと、ここは社交の場なのにはしたなかったと感じたのか、チップを全てわたくしめに預け、逃げるように先に換金所へ。とんでもない速度で滑るように歩いていった。

 ぽかんとする観衆一同。求婚の申し込みがこれは多数来るでしょうねとディーラーが呟いた。負けたギャロウェイも違いないと苦笑交じりに同意する。わたくしも大いに頷く。

 優良物件もとい特権階級と見受けられる客も多い。今の様子を見て、ギャップにやられてしまった殿方もきっと多いはず。以前まで対外的な場所ではほぼあの能面スタイルだったのだ。お嬢様があの腐れ外道の許嫁のためにそれを貫いていたのを思うと胸が痛いが。


 解禁されたアリステラ嬢の笑顔はいかがだっただろうか?


 素敵な旦那さま。ポーカーフェイスを脱いだミス・ポーカーフェイス本人が高らかに言葉にした野望は程なく叶いそうである。




 なろうラジオ大賞4応募のために書き始めましたが、1000字以内におさめられなかったのでいつものこちらに。勿体ない精神のかたまり。



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