それは実に喜ばしく興味深い
「セックスをしてみたいんだ」
黒髪の女は向かいに座る茶髪の女にそう言い放った。茶髪の女は明け透けな言葉に一瞬だけ面食らったが、そこは長い付き合い、こいつはそういうことを突拍子もなく発言する奴だったと努めて冷静に返答をした。
「なんでいきなり? しかもあたしに相談?」
「君は私の数少ない友人だ、それに経験豊富だと思って」
「ビッチって言いたいのか殺すぞ、じゃなくてセックスしてみたい理由を聞かせてよ」
性欲などこれっぽっちも持ち合わせていないと思っていた友人から〈セックス〉という単語が出てきただけで驚いているというのに、あまつさえ実行してみたいという。
金か? 住居や食い扶持には困っていない筈だろうと茶髪の女は頭を捻る。その納得しかねているような様子に、黒髪の女は呆れるように言い放つ。
「一度体験してみたいからだが」
「はあ」
「愛だの恋だのはどうでもいい。単なる探究心だ。知識だけは仕入れてはいるが実体験に勝るものはないだろう?」
「そりゃあね」
「その体験が今度の作品に活かせるのではないかとな」
黒髪の女は画家だ。快楽、法悦、溢れるばかりの幸福感、体も心も満たされて充足する、そういったものを取り入れて作品へと昇華したいとのこと。
その感覚は茶髪の女にはわからない。そも芸術家というものは一般人とは異なる思考回路をしていると彼女は思っている。セックスをしたからといって何か劇的な変化があるかと問われても、そんなことは無いだろうとしか返せない。
しかし、黒髪の女がそうしたいと言うのならそれを手助けしてやりたいと手を差し伸べるくらいの甲斐性は持っていた。
「体験さえ出来ればいいなら手っ取り早く風俗でいいじゃん」
「えっ、女性用もあるのか? ……ならそれでもいいな」
「あ〜自分で言っといてなんだけどやっぱ駄目。止めときなよ、ハマったらあんたヤバそうだもん」
「わかった、君が言うなら止めておこう」
黒髪の女は危ういのだ。その危うさが魅力でもあるが、友達をみすみす危険に晒すわけにはいかない。幾度となく面倒を見てきた自分の名にかけて、なんとしてでも幸せな初体験をしてもらいたいと茶髪の女は思った。
「同僚や友人の兄弟その他諸々後腐れのない男はいないか」
「すぐに見つけられると思うわけ?」
「男など万年発情期と言うだろう」
「あんた今の御時世それセクハラだからね」
「ふうん」
気の抜けた相槌の後に「だから?」とは続かなかったが黒髪の女の表情から、その心境は読み取れた。行為に及ぶことが出来るのなら、その他のこまごまとしたことは別段どうでもいいらしい。
「合意の上で行われるセックスがどういうものなのか主観的に把握したいだけなんだが」
「そんなに知りたいもの?」
「知りたいとも。感触、感情、温度、匂い……そういったものを捉えておくことは重要だと考えている」
知識欲は人間に与えられた特権なのだという。黒髪の女はその特権を好奇心で塗り固めて行使する。おそらく今回も面白そうだという感情が根底にある。
いつものことだ。彼女は手段を選ばない。作品に反映するためにどれだけのことを思いつき、かつ仕出かしてきたか。
茶髪の女に自分がどんなに大切に想われているかだなんて、黒髪の女は興味がないため、性根は一生変わらないだろう。
「そうだ、君が手伝ってはくれないか?」
「あたしが相手するの?」
「そういえば女性同士でも可能なはずだと思ってな」
「あー……うん。やり方は違うみたいだけどね。気持ちよさは似てるんじゃない、知らないけど」
そう、知らない。茶髪の女には黒髪の女が求めているものが何なのかわかりはしない。理解できたことなんて、ない。ただ、彼女が欲しいものを手に入れられるよう昔から協力は惜しまなかった。彼女のためならば何でもしてやりたい。
それは、大好きな友達のためであるからして。
「また、私の願いを聞いてくれるか」
「他でもないあんたのお願いならいいよ」
華やかな指先が、ささくれとあかぎれだらけの手を撫でる。コーラルピンクに彩られた形の良い唇がゆるく弧を描く。
対して、リップクリームすら塗られていないようなかさついた唇も楽しそうに歪んだ。
「そうか。それは、それは実に――」




