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嘘かどうかわかるのはいつやら




 カランカランと古いドアベルの音。


「いらっしゃいませー」

「ひとりです」

「お好きな席へどうぞ」


 やわらかいハスキーボイスで案内される。客が誰もいないのをいいことに、海がよく見える四人がけの席に座った。荷物を隣の椅子に置く。

 店主は女性で、柔和な笑みが人好きする様子だった。足が悪いのか少しだけ引きずるように歩いたのが目に留まった。


「じゃ、これで」

「はい、お刺身定食ですね。オススメですよ」


 旅の昼時。ここらは人魚伝説が有名な地域らしい。ふらふらと散策マップを見ながら歩いていたら腹が鳴った。だから近くにあったこの店に入った。

 ランチメニューから適当に選んだ刺身定食、美味しいといいんだが。港町で不味いわけはないだろうけど。


「お待たせしました」


 雑誌を流し読みしていたらすぐに料理が運ばれてきた。提供が早いのは嬉しい。

 つやつやとした米、湯気のたつ味噌汁。小鉢に漬物。ツマと紫蘇が敷かれた刺身。オーソドックス、ド定番。求めていたもの。

 さっそく食べる。美味い。米の炊き方も好みだし、付け合わせたちもすこぶる上品。箸が進む。睨んだとおり、刺身も最高だ。

 味わっている間に、この刺身の魚は何という名前だろうという疑問がわいた。さっそく、空いているテーブルを拭いていた店主に訊ねた。


「この刺身、美味いね」

「あら、それは良かった」

「歯ごたえがあってさっぱり甘い。なんて魚なんだい?」


 店主は一呼吸置いてから、勿体ぶるように口を開いた。


「人魚ですよ」

「え?」

「ですから、人魚です。今日のお刺身。ここらでは人魚がまだ獲れるので。よその人からしたら珍しいですよね」

「人魚……伝説……」

「人魚を食べれば元気百倍、千年万年も生きられますよ」


 ゴクリと喉が鳴った。八百比丘尼、もしかしたら自分は禁忌の肉を口にしてしまったのだろうかと怖気が走る。観光中に見聞きした言い伝えが脳内を駆け巡った。

 それと、店主の声と足のことに思い至り、背中を嫌な汗が流れていく。昔聞いた人魚姫の物語が頭をよぎったせいだ。


「……ふふっ、いやだなあ。冗談ですよお客さん」

「じょっ、冗談かぁ」

「それは朝〆のヒラマサです。脅かしてすみません」


 お互いに笑いあう。店主は甘やかなかすれ声で、ごゆっくりとだけ残して、厨房に戻っていった。ジーンズに覆われたその両足、その痛みをこらえるような緩慢さで。

 まさか、ね。

 俺は残りの刺身をたっぷりのわさび醤油に浸して食べることにした。とは言え、味はとうにわからなくなっていた。




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