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Gadgethead

作者: ヘルベチカベチベチ

 なかよしこよしで有名な、この街の名はジェリードロップタウン。ビルのアンテナから海底のアンコウまで、みんなが手を繋いで踊る街を、今日も太陽さんはふんぞり返って顎を見せつけ、さんさんと笑って浮かんでいたよ。

「やあおはよう、十分前の太陽だよ。今日もいい天気だね!って僕のおかげか、ハハハハハ。」

 ジェリードロップタウンの住人は、みんなこの太陽のあいさつで目を覚ます。猫さんおはよう、辞書じいおはよう、コウモリくんはまだだけど、こんな感じで、みんなの朝が今日も始まろうとしていた。おっと、そろそろ彼も目を覚ましたようだぞ。彼ってのは誰かって?紹介しよう、彼の名はベラッシ。父に靴ベラ、母にブラシを持つためそう名付けられた、このお話の主人公である。街がいつでもキレイなのはベラッシのおかげであり、ジェリードロップタウンの住民はみんな彼のことを尊敬していた。

 ジェリードロップタウンの多くが目を覚ましたときだった。太陽さんは連勤で疲れていたのか、あいさつが街に行き届くやいなや、分厚い雲の向こうにさっさと帰ってしまった。

「……天気予報をするぞ。……なんと、アタシの水晶には今日は曇りのち雨と出ておる。みなさん、今日は傘を持っていくとよいじゃろう。また雨の日ですから、なにか事件が起きるかもしれぬな。なにもかも、水晶の思し召しなのじゃ。また明日ー!」

 ベラッシは、毎朝テレビの天気予報をチェックする係に任命されていた。

「ラシベラ、今日は雨だって。」

「みたいね。もう暗くなってるし、洗濯物は外には干せないかしら。」

 そう言ってラシベラがため息をつくと、母からの遺伝である口まわりの白い毛が小刻みに震えた。彼女はベラッシの妹であり、現在ベラッシとラシベラは兄妹二人三脚で生活を送っている。

「仕方ないよ。ぼくも手伝うから早く干しちゃおう。扇風機で部屋干しじゃなかなか乾かないからね。」

「そうね。やっちゃいましょう。」

 二人はせっせと洗濯物を干し、たまにテレビを見つめることもありながら、しばらくして今日の分の洗濯物をすべて干し終わった。

「「ふー終わった。」」

二人のブラシがまんぞくげに震えた。ちょうどテレビの内容も切り替わった。

「本日、この街のいたるところに落書きがされるという事件が起こりました。今私が来ておりますのは、被害にあった、四丁目にあるパン屋さんです。このシャッターをご覧ください。」

「まあひどい。いったい誰がこんなことをしたの!」

 ラシベラは落書きをみると、限界まで反らされた靴ベラのように怒った。彼女はこのごろ、その性格が父親に近づいてきていた。

「まったくだね。」

 ベラッシはラシベラに対し、靴ベラで靴を履くくらい当たり前に同意を示した。これくらい当たり前なのは父にも母にもみられない、彼独自の性格であった。そして彼の当たり前はもう一度続いた。

「それじゃあぼくは買い物に出かけてくるよ。ついでに落書きも落とさなくちゃね。」

「いってらっしゃい。」

 ベラッシが買い物袋を手に家を出ると、空は天気予報の言う通り、見渡す限り一面に暗い雲が敷き詰められていた。きっと以後の予報も外さないのだろうという、その信頼の空をベラッシは見上げ、ふと、シューという何かを吹き付けるような音が耳につき、音のする方へ目を向けると、そこではまさに、知らない誰かが家の壁に落書きを施している真っ最中であった。落書き犯の描いているマークはテレビで見たものと同じであり、ベラッシはこれを瞬時に見抜き、落書き犯の背後に回り込んだ。

「こら、スプレー缶の君。落書きなんてやめないか。」

「わあっ。」

 落書き犯は、ベラッシに声をかけられてやっと驚くような素振りをみせた。まさにベラッシがそう呼んだように、落書き犯はスプレー缶であり、ロゴもなにもない青地のデザインで、彼は驚きながら頭のてっぺんに被った蓋をカパカパと揺らした。

「あの、その、ほんとうにごめんなさい。」

「謝るくらいなら最初からやるんじゃないよ。」

「うん、そうだよね。でも、落書きが、一度はしてみたくて。スプレー缶に生まれたなら夢なんだよ。悪いことなのは分かっているけど、分かってたからこそ今までも我慢を。でも今日は雨だっていうから、これなら迷惑かけないって、そう、今日はぜんぶ水溶性のものを用意したんだ。だからこのあと雨が降る、今日の落書きは落ちるんだ。見逃してくれ、この落書きも最後までやらせてくれ。頼む。」

 スプレー缶の話す言葉は支離滅裂だった。また話しながら、両目にそれぞれ色の違う涙を浮かべるものだから、ベラッシにしてみれば彼の話は靴ベラの上を滑るようなものだった。

「わかった、わかった、落ち着いてくれ。とにかく君は、街の人たちに配慮をして落書きをしていたんだね。でも配慮をしたところで君は悪いことをしたんだ。犯罪だよ。罪は償わなくてはいけない。ぼくと一緒に警察署まで行こうか。」

「いやだ!」

 捕まえられそうになるとスプレー缶は、蓋の内で中身を噴出しながら叫んだ。とつぜん大きな声を出されてしまい、ベラッシはびっくりしてしばらく動けず、叫んだ本人はベラッシの事情など知る由もなくこの場から一目散に逃げていった。落書き犯を逃がしたベラッシは、これを遅れて追いかける形となった。

 ベラッシは必死に落書き犯のスプレー缶を追いかけるも、あるT字路に突き当たったところでその姿を見失ってしまった。ベラッシは、はやく進む方向を定めねば、と逆に立ち尽くしてしまうが、そのときベラッシの目に、Tの接合部分に立っている不自然な看板が入った。その看板の不自然な点というのは、コンクリの道路に似合わずボロボロの木材が使用されている、立て付けが甘くブラシでくすぐれば笑い崩れそうである、など複数あり、なによりも決定的なのはその看板に書かれた矢印である。矢印はベラッシから見て右を向いているのだが、反対の左の道を覗いてみると、その途中にある電柱にはあの落書きが、看板の矢印と同じ色で描かれていた。ベラッシは看板を無視して左の道に走って行った。

 しばらく正解の道を走り続けたが、スプレー缶の犯人に追いつくことはなかった。しかし成果がなかったのかというとそんなことはなく、代わりに大勢のスプレー缶が集まる集会へとたどり着いた。その集会に集まったスプレー缶はみな、蓋を被っていないノーヘルのワルいスプレー缶であり、いつもこのジェリードロップタウンを落書きで汚しまわっているギャングたちである。

 一方ベラッシの追っているスプレー缶は、今回が落書き初犯といった感じの、しかもちゃんと蓋も被った一般スプレー缶であった。しかしそんな落書き犯が、少し頭を使えばどうだろう。結局違うのは見た目くらいなものであり、蓋を脱ぎさえすれば、あのギャングの集会に紛れこむことなど造作もないことである。ベラッシの頭にそんな考えがひらめき、彼はギャングの集会へと近づいていった。

「やあやあこんにちは、スプレーギャングのみなさん。」

 ベラッシの挨拶に、ギャングのスプレー缶は一斉に振り返った。「マジか、ベラッシだ。」「今日はまだ落書き前だぞ。」といった声がささやかれ、二つの勢力の間には一瞬にして緊張が走った。そしてしばらく沈黙が続き、その間にベラッシはもう一つのことに気づいた果て、この中に落書き犯はいないのだと悟った。それはこのギャングたちの身に着けている色、つまりチームカラーがオレンジであり、ベラッシの追うスプレー缶は青色をしていたということだった。寒色は暖色のなかに紛れこめないのだ。

「いや、今日は曇りで気分が落ちるね。それだけさ。」

 そう言ってベラッシはスプレーギャングたちの返事も聞かないで、彼らの前から走り去ってしまった。残されたギャングたちはみな茫然としたが、リーダーの一声でベラッシも疲れているのだろうということになった。一度は白けた集会も、事が過ぎれば活気を取り戻していき、またしても持ち切りとなったのは、今日落書きをして回っているのは誰なのかという話題で、対抗心を燃やす者や賞賛を述べる者、また水性塗料を使うのはなぜなのかを議論する者もいた。その議論は「仲間、絆、感謝」の三つの言葉のみで行われ、まして配慮などという言葉が、ギャングたちの語彙に含まれているはずもなかった。

 ベラッシはスプレー缶を追いかければ追いかけるほど、却ってスプレー缶から離れていくような気がしてならなかった。現に、落書き犯の残す落書きは、道を進むごとに見かけなくなっていった。空が家を出たときよりも暗くなってきている。

 ベラッシはもう諦めようかとも思った。だがそのとき、道に立つ一本の電柱が目に入り、それにはあの落書きが描かれていた。久しぶりの落書きに、ブラシとしての本能もあってか、ベラッシは靴ベラで尻を叩かれたように電柱へ駆け寄った。あまりにもベラッシが速いので、駆け寄ったつもりが勢い余って電柱に激突してしまったほどだった。すると電柱はよろめき、「いたいっ!」とか弱い声をあげた。

「あ、ごめんなさい、エポレーくんだったのか。電柱と見間違えちゃったよ。」

「ううん。いいんだ。なんせ今はすごく気分がいいんだ。」

 確かに彼は、妙なくらい上機嫌なようすだった。エポレーくんは電柱と瓜二つの容姿を持っており、それは道行く犬たちにも見分けがつかぬほどで、彼の足はいつでも犬のおしっこでびしょびしょだった。そのせいでエポレーくんには友達がおらず、もともとの性格も相まって、彼はいつも全身に陰を漂わせていた。そんなエポレーくんが笑顔でいて、コンクリの体が純銀だと錯覚してしまいそうなほど輝いてみえるのはほんとうに珍しいことだった。

「みてみて、この落書き。さっきね、この落書きを書いてくれた人がね、書いている間、僕とお喋りしてくれたの。いいでしょ、いいでしょ、すてきでしょ。」

「エポレーくん、その落書き!その人の話を聞かせて……その人についてぼくも君と話したいな。いいかな。」

「ほんとう?やった!やった!」

 エポレーくんは嬉しさと寂しさのあまり大粒の涙を流しだした。その涙はまさに漏電であり、帯電した何粒もの涙が、エポレーくんの真下にいるベラッシへと降り注いだ。

「ふー危ない危ない。体がプラスチック製で助かったよ。」

「うわーん。」

「よしよし。泣くのはやめてお喋りしよう。泣くのは無尽蔵だけど二人の時間は有限だよ。」

「うん、ぐすん。」

 こうしてお喋りの準備が整ったが、お次は我の番だというように空が泣き始めた。今朝の天気予報は当たっていたのである。そしてベラッシの追いかける落書き犯、スプレー缶の配慮も当たることとなり、降りだした雨によってジェリードロップタウン中の落書きはみるみる落ちていった。

「うわー!やだやだ!落書き落ちるのいやだ!」

 ベラッシは目の前で落書きが落ちていくのをただ眺めていた。ベラッシにとって、こんなことは初めてであり、自分でホースの水をかけて汚れを落とすのとは何もかもが違うのに彼はひどくショックを受けた。

 彼はショックがゆえに、ここでスプレー缶の追跡をやめ、当初の目的通り買い物へと向かった。そのときに通った道には、水溶性の落書きなどひとつも見つけることができなかった。

 ベラッシは家に戻ってから、買ってきたものでお昼ご飯とすることにした。ラシベラは兄の帰りを待つ間テレビを見ていたそうで、今日の落書き事件には水性塗料が使われていたことを知っていた。

「よかったじゃない。汚れはしつこい、ギャングはうるさい、こんなにラクな掃除なんてそうそうあるものじゃないわ。」

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[良い点] ジェリードロップタウンの日常を垣間見れたようで楽しかったです!スプレー缶を追いかける途中、あるキャラが「落書きを消さないで!」と懇願するシーンが印象に残っています。理由はともあれ、話してく…
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