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ドリームワールド

作者: ウォーカー

■ドリームワールドへようこそ■

ここは、あなたの夢を叶える世界。

ドリームワールドでは、あなたが想像したことが現実になります。

翼を羽ばたかせて大空を飛び回ることも、

美味しいものをたらふく食べることも、

すべてがあなたの思うがまま。

どうぞ、お気の済むまで、ごゆっくりとお楽しみ下さい。



 その男は夢破れ、望まぬ進路を選択することになった。

望まぬ仕事をし、同じことを繰り返す日々。

そんな男が現実逃避のために手にしたのは、ドリームマシンだった。


ドリームマシン。

それは、世界的大企業ドリームテック社が開発したVR機器。

VRとはVirtual Reality、仮想現実のことで、

VR機器とは、装着した人に仮想現実世界を体験させる機器。

ドリームマシンは、一見すると頭を覆うただのヘルメットだが、

その中身は革新的技術で満たされている。

装着者の脳に作用して入眠させ、見ている夢に干渉することで、

既存のVR機器とは比べものにならない圧倒的現実感をもたらす。

その体験は現実世界と区別がつかないほどだという。


発売してすぐに大好評になったドリームマシンは、売り切れ続出。

その男もなかなか手に入れることができず、

大型家電量販店で夜通し行列に並んで、やっと手に入れたのだった。


 買ったばかりのドリームマシンを手に、

その男はアパートの自室へと帰ってきた。

箱を開けるのももどかしく、ドリームマシンを取り出す。

ドリームマシンは頭を覆うヘルメット型で、

説明によれば、睡眠時に使用するものらしい。

今はまだ日が高い時間帯だが、

その男は早速ドリームマシンを頭に被ると布団に横になった。

「まだ昼間だけど構うものか。

 せっかくドリームマシンが手に入ったんだ。

 つらい現実世界とは、さっさとおさらばしよう。」

ドリームマシンのスイッチを入れると、

ヘルメットの内部に据え付けられた画面が点灯した。

起動音らしいメロディが聞こえて、

なにやら文字がずらずらと表示されていく。

初期設定完了。

入眠開始。

ドリームワールドを起動します。

すると、穏やかな眠気がその男を襲い始めた

夜通し行列に並んでいたせいか、はたまた仕事の疲れからか、

その男はすぐに静かな寝息を立て始めたのだった。



 その男が目覚めると、目の前には広大な草原が広がっていた。

美しい緑の大地に、高く青い空。

まるでパソコンの壁紙のような、どこかで見たような風景。

視線を落とすと、そこには確かに自分の体がある。

頭を動かせば目に入る風景が動き、手足も動く。

どう考えても現実。

だがそれを否定するかのように、

目の前の宙にメッセージが表示された。


□ドリームワールドへようこそ□

ここは、あなたの夢を叶える世界。

ドリームワールドでは、あなたが想像したことが現実になります。

案内人にどうぞ何なりとお申し付けください。


そんなメッセージを目にして、その男が納得して頷く。

「どうやら、無事に仮想現実世界に来られたみたいだな。

 感覚としては現実世界としか思えないけど、

 もちろん僕の部屋にはこんな草原は無いものな。」

すると今度は、

メッセージの横の空間が揺らいだかと思うと、

全身黒尽くめの人影が姿を現した。

「うわ!びっくりした。」

その男が驚いて飛び上がったのを見て、人影が愉快そうに肩を揺らす。

それからその人影は、ゆっくりと話し始めた。

「失礼。驚かせてしまいましたか。

 私は、このドリームワールドの案内人。

 あなたを案内するために、こうしてやってきました。

 以後、お見知りおきを。」

その人影は全身黒尽くめの服装で、頭巾の奥に隠れた表情はよく見えない。

しかし声色からして、どうやら中年の男のようだ。

案内人だと名乗った黒頭巾の男に、早速その男が質問した。

「聞いてもいいか?

 ここは仮想現実世界で間違いないんだよな。」

案内人の男が頷いて返す。

「はい、間違いありません。

 ここは、ドリームマシンが見せている仮想現実世界、

 ドリームワールドです。

 ドリームマシンは、あなたの脳に作用して夢を操作します。

 このドリームワールドでは、あなたの夢が何でも叶います。」

「何でも?本当に?」

「はい。

 このドリームワールドでは、

 あなたが実現したいと願ったものが、即座に現実になります。

 パンが欲しいと願えばパンが、

 水を飲みたいと願えば飲み水が、即座に実現されます。

 そのために作り出すものの原理を知っている必要はありません。

 あなたはパンを知っていても、作り方までは知らないでしょう?

 しかし、このドリームワールドでは、

 パンを知っているのなら、作り方を知らなくてもパンを実現できます。

 電球が何故光るのか知らなくとも、電球を知っていれば電球を実現できます。

 雨がどうやって降るのか知らなくとも、雨を降らせることができるのです。」

ドリームワールドでは、知っているものなら何でも実現することができる。

そう説明されて、その男は目を輝かせた。

「それはすごいな。

 まるで神にでもなったみたいだ。」

「ふふふ。

 それは少々大げさな話ですが、あながち間違いとも言い切れない。

 あなたはこのドリームワールドで神の力を手に入れて、何をしますか?

 どうぞ何なりと、私めにお申し付けください。」

手を広げて話す案内人の男に、その男は得意げな顔になった。

「よーし。

 それじゃあ、まずは・・・」

そうしてその男はドリームワールドで手に入れた神の力を振るい始めた。


 仮想現実世界、ドリームワールド。

想像したものは何でも実現することができる世界で、

その男は神にも等しい力を気ままに振るい始めた。

「よし。

 まずは空を飛んでみたい。翼を生やしてくれ。」

「かしこまりました。」

その男に命ぜられるがままに、案内人の男が指で宙に翼を描き出す。

すると、羽の生えた翼が現れて、その男の背中にとりついた。

その男は背中の翼を振り返りながら、恐る恐る翼を羽ばたかせてみる。

すると、宙に吊り上げられるようにして、その男は空に羽ばたいたのだった。

「うわあ、すごいな!本当に空を飛べるぞ。

 翼の使い方なんて知らないのに。」

同じく背中に翼を生やした案内人の男が、頭巾から覗く口をほころばせて応える。

「あなたは翼の使い方を知らずとも、空飛ぶ鳥を見たことはありますね。

 翼を羽ばたかせた結果として、空を飛べることを知っているので、

 実現可能です。」

話を聞いているのかいないのか、

その男は翼を羽ばたかせて夢中で空を飛び回った。

青い空の下に広がる緑の草原は、どこまでも続いていて終わりが見えなかった。


 次にその男が満たそうとしたのは食欲、

美味しいものを食べることだった。

「案内人、美味しい食べ物を出して欲しい。」

「はい、何なりと。

 どのような食べ物をお望みでしょう?」

案内人の男に問われて、その男がしばし考え込んで応える。

「う~ん、そうだな。

 じゃあ、あのハンバーガーショップのハンバーガーを用意してくれ。

 何段にも重ねられた、一番高い奴、あれを3つほど。」

想像したものは何でも実現できるのに、

ありふれたハンバーガーが食べたいと言われて、

案内人の男は今度こそ微笑んで応えるのだった。

「ははは、ハンバーガーなどでよろしいのですか。

 もっと高級な食べ物もご用意できますよ。

 高級レストランでステーキなどを食べたこともあるでしょう。」

「ああ、あの店のステーキも美味しいんだよな。

 でも、それは後で食べるよ。

 今は両手が塞がる食べ物は困るんだ。

 それから、一緒に漫画本を出して欲しい。

 今週号の週刊少年漫画雑誌を読みながら食べようと思って。」

「なるほど、かしこまりました。」

案内人の男が宙に指を踊らせると、その男が想像するままに、

何段にも積み上げられたハンバーガーが3つと、

週刊少年漫画雑誌が、机と椅子とともに現れた。

そうしてその男は、楽しそうに漫画雑誌を読みながら、

大きなハンバーガー3つをぺろりと平らげたのだった。


 それからもその男は、思いつく限りの享楽にふけった。

ブランド物の洋服を実現したり、新型ゲーム機を実現したり、

マッサージ機を実現したり、大きな遊園地を実現したり、

はたまた、高級外車を走らせるために町と道路を丸々全て実現したり、

あるいは、夜景を見るために即座に夜を実現したりもした。

そうして望むがままのことを試していて、その男はふと思った。

「そういえば、このドリームワールドの時間ってどうなってるんだ?

 ドリームマシンは、寝ている間に見ている夢に干渉しているんだったか。

 だとしたら、こうしてドリームワールドにいる間にも、

 現実世界の時間は進んでるってこと?」

「はい、そうです。

 ドリームマシンは生身のあなたの脳に作用して夢を見せています。

 入眠作用はありますが、それにも限度はあります。

 現実世界のあなたの体が目覚めれば、このドリームワールドは終わりです。」

案内人の男の応えに、その男が慌てて言う。

「終わりって、目が覚めたらこのドリームワールドは消えてしまうのか。」

「そうです。何せドリームワールドは夢の世界ですから。

 夢は目が覚めたら消えてしまうものです。」

「そんな!今さらこのドリームワールド無しの生活に戻りたくないよ。

 現実世界は不便だし、つらいことばかりなんだ。

 何か手は無いのか?」

「ご安心を。

 このドリームワールドは、あなたが想像したことは何でも実現できます。

 夢から覚めたくなければ、覚めない夢を実現すればいい。

 時間の流れを遅くしてしまえばいいのです。」

「時間の流れを遅くする?

 このドリームワールドは、そんなこともできるのか。」

時間の流れを変えるなどという、宇宙の法則に関わるようなことも、

案内人の男は平然として言ってのけるのだった。

「最初にご説明しました通り、

 このドリームワールドでは原理を知っている必要はありません。

 あなたも映画などで時間の流れが遅くなるところを見たことがあるでしょう。

 結果を知っていてそれを想像できれば、実現可能です。

 実際にやってみましょう。見ていてください。」

そう言って案内人の男が宙に指を走らせた。

すると一瞬、その男はふっと体が重くなったような気がした。

周囲の草原の草が、軽くざわめいたような気がする。

その男が周囲をきょろきょろと眺めていると、

案内人の男がこともなげに口を開いた。

「・・・できました。

 これで、このドリームワールドに流れる時間は、

 現実世界よりも遥かに遅く流れるようになりました。」

「本当に?

 何も変わったように見えないけど、本当に時間の流れが遅くなったのか?

 この目で確かめてみたいから、時計を見せてくれないか。」

「時計を見ても、時間の流れが遅くなったことは確認できません。

 このドリームワールドに実現させた時計も、

 同じく時間の流れが遅れていますから。」

案内人の男のもっともな応えに、その男が頭を掻いて納得する。

「ああ、それもそうか。

 わかった、信じるよ。

 とにかくこれでもう時間を気にする必要はなくなった。

 よし、それじゃあ次は何をしようか。」

その男は無制限の時間を手に入れて、

存分に享楽にふけることができるようになった


 それから、その男がドリームワールドで過ごすようになって、

体感時間としておよそ半年ほどが経過した。

想像したものが何でも現実になるドリームワールドで、

享楽の限りを味わい尽くしたその男は、今や、

ドリームワールドの限界もまた実感するようになっていた。

想像したものが何でも現実になるということは、

逆に言えば、実現できるのは想像できるものだけ。

想像できないもの、知らないものは決して実現できない。

翼を生やして空を飛ぶことはできても、見える景色は同じようなものが続く。

美味しい食べ物を実現しても、それはどこかで食べたことがあるものばかり。

高級な衣服や車を実現しても、知らない部分はどこかぼやけている。

漫画本やゲームソフトを実現しても、既に見たことがあるものしか実現できない。

お金を好きなだけ実現したとしても、このドリームワールドでは使い道がない。

無限の時間を手に入れても、既に知っていることしか実現できない、

知っているものだけしかない世界。

そして何より、生き物を実現することは難しかった。

生き物を実現するには、その生き物のことを理解し想像できなければならない。

人が自分以外の生き物のことを正確に理解して想像することは至難の業。

その男には他人を実現するどころか、

犬猫すら満足に実現することはできなかった。

実現できたのはせいぜい同じ反応を返すだけの人形だった。

ドリームワールドで無限の時間を手に入れても、

実現できるのは知っているものだけ。

広い世界に自分ただ一人っきり。

その男の生活は次第に行き詰まっていった。


 それからさらに数ヶ月が経過して。

その男は、自分一人っきりの生活に行き詰まって、

すっかり塞ぎ込んでしまっていた。

朝、その男が屋敷の自室で目を覚ましてベッドから体を起こすと、

目の前には最高級のミネラルウォーターが実現されていた。

美しい高原の湧き水であるはずのそれは、飲み飽きた水道水のように感じられた。

食堂へ足を運べばそこには、

朝採りの卵で作られたオムレツと、

焼きたてのパンが実現されているはずだが、

どちらもうんざりするほど食べ飽きていて、ベッドを出る気にすらなれない。

その男がベッドで抜け殻のようにじっとしていると、

音もなく案内人の男が姿を現したのだった。

案内人の男は、その男の顔を覗き込むようにして、やさしく話しかけた。

「いかがなさいました?

 朝食は既にご用意してありますが。

 本日も、好物のオムレツですよ。」

「・・・食べたくない。」

ぼうっと前を向いたまま、その男が力なく首を横に振る。

すると案内人の男は、少し心配そうに話しかけてきた。

「お気に召しませんでしたか?

 でしたら、今朝の朝食はスクランブルエッグにされてはいかがでしょう。

 最高級のハーブを使用したソーセージもご用意できますよ。」

案内人の男が提案する朝食は贅を尽くしたもの。

しかし、その男には、うんざりするほど食べ飽きたものだった。

その男は顔をしかめて応える。

「それももう食べ飽きた。

 何か新しい食べ物を出してくれ。」

「はい、かしこまりました。

 では、実現する食べ物をお申し付けください。」

「・・・新しいものが食べたい。」

「と、おっしゃいますと?」

「新しいものが食べたいんだ。

 食べ物だけじゃない、もううんざりなんだ。

 このドリームワールドでは、つらいことは起こらない。

 美味しい食べ物だけを満喫することができる。

 でも、その美味しい食べ物っていうのは、既に知っているものだけ。

 いくら美味しい食べ物でも、毎日食べていたら飽きてしまう。

 不味くてもいいから、食べたことがない新しい食べ物を食べたいんだ。」

その男は溜まっていたものを一気に吐き出して、肩で息をしていた。

静寂の中で、その男のぜいぜいという吐息の音だけが聞こえる。

落ち着くまでしばらく間を置いてから、案内人の男が穏やかに話し始めた。

「つまりあなたは、このドリームワールドに限界を感じているのですね。

 ご自分が想像できることしか実現できない、このドリームワールドに。

 では、こうしてはいかがでしょう。

 このドリームワールドで、もう一つのドリームワールドを実現するのです。」

「・・・なんだって?」

「このドリームワールドで、ドリームマシンを実現して、

 もう一つのドリームワールドを実現するのです。

 そうすれば、もしかしたら今度こそ、

 制限のない本当のドリームワールドへ行くことができるかもしれませんよ。」

このドリームワールドで、ドリームマシンを実現して、

そのドリームマシンを使ってもう一つのドリームワールドを実現する。

そんな途方もない提案に、その男は考え込んでしまった。


 想像したものを実現するドリームワールド。

もしも、このドリームワールドの中で、

もう一つのドリームワールドを実現したら。

そのもう一つのドリームワールドは、

何の制限もない本当のドリームワールドになるだろうか。

その男は自問自答する。

ドリームワールドで何かを実現するためには、それを想像できなければならない。

何の制限もないドリームワールドを実現できるドリームマシン、

そんなものを自分が想像できるだろうか?

・・・いや、できるとは思えない。

今の自分には、何度も見たことがあるはずの本や衣服すら、

満足に想像できなかった。

それなのに、一度使ったことがあるだけのドリームマシンを、

しかも機能を拡張して想像するなんて、到底できないだろう。

そもそも、何の制限もない世界とはどんなものなのか、想像もできない。

そのためには知識も経験も足りない。

もっとたくさんのことを見て聞いて、できれば相談できる相手も欲しい。

しかしもちろん、新しいことをするのには、つらいことが付きまとう。

それが嫌だから、自分はこのドリームワールドにやってきた。

しかし、このまま自分一人っきりでこのドリームワールドにいても、

ぐるぐると同じことの繰り返し。

それもまたつらいことなのは、もう十分実感したことだった。

新しい未知の物事でいっぱいのドリームワールドにいきたい。

そのために、多少の危険があるのは許容してもいいと、今なら思える。

あるいは、

その程度の不完全なドリームワールドを実現するドリームマシンなら、

今の自分にも実現できるだろうか。

不完全でもドリームマシンを実現できれば、あるいは・・・。

そこまで考えて、その男ははたと気が付いた。

「・・・あるじゃないか。

 新しい物事と、いくらかの危険がないまぜの、そんなドリームワールドが。」

一人納得しているその男に、案内人の男が笑顔になる。

「どうされました?

 このドリームワールドでドリームマシンを実現して、

 もう一つのドリームワールドへいく決心がつきましたか?」

「・・・ああ、決心したよ。

 でも、実現するのは、

 もう一つのドリームワールドを実現するドリームマシンじゃない。

 現実世界に帰るためのドリームマシンだ。

 夢を叶えるドリームマシンを想像するには不足してるものが多すぎる。

 だから、現実世界に帰るよ。」

「よろしいのですか?

 現実世界に戻っても、また同じ生活に戻るだけかもしれませんよ。

 そんな生活がつらくて、

 あなたはこのドリームワールドにやってきたのでしょう。」

そう問いかける案内人の男は、子供に語りかける親のよう。

子供たるその男もまた、素直な子供のように応えた。

「現実世界の生活が同じことの繰り返しだったのは、

 僕が同じことしか想像できなかったからだよ。

 このドリームワールドと同じさ。

 僕はこのドリームワールドでしばらく過ごして理解できた。

 ドリームワールドでも現実世界でも、

 自分が想像できることしか実現できないんだ。

 このドリームワールドにはつらいことは無いけど、

 自分が知っていることしかない。

 でも現実世界には、新しい物事がある。自分以外の人たちがいる。

 それらを見て聞いて、新しい経験をしてこようと思う。

 そうしたら、理想のドリームワールドを想像できるようになるかもしれない。

 それまで、ドリームワールドとはお別れだ。」

自分一人っきりのドリームワールドで同じことを繰り返すのも、

自分以外の人たちがいる現実世界で新しい物事を経験するのも、

どちらもつらいことには変わりがない。

それならば、新しいことを経験できる現実世界を選ぶ。

そうしたら、いつか本当のドリームワールドが実現できるかもしれない。

それが、その男がこのドリームワールドで永い時を過ごして得た結論だった。

案内人の男が、その男の言葉を聞いて、ゆっくりと頷いて返した。

「わかりました。

 それがあなたの行き着いた結論なら、私は従うだけです。

 あなたが現実世界に戻るためのドリームマシンを実現しましょう。」

案内人の男の指が宙を踊る。

すると、その男の頭をすっぽりと覆うようにヘルメットが現れた。

その男の目の前に、いつか見たヘルメットの内部に据え付けられた画面が現れる。

終了手順開始。

入眠作用解除準備完了。

ドリームワールドを終了しますか? Yes/No.

画面に表示されたメッセージの向こうから、案内人の男の声が聞こえる。

「表示されているメッセージが見えますか?

 Yesを選べば、このドリームワールドを終了して、

 あなたが現実世界に戻ることができます。

 準備ができたのなら、選んでください。

 あなたの選択を。」

念を押されてしまうと、躊躇してしまう。

その男は選択から逃げたくて、画面に現れたメッセージの向こうを見た。

するとそこには、案内人の男の姿。

案内人の男は、いつも目深に被っていた頭巾を外して、

顔を見せてゆっくりと手を振っている。

初めて見る案内人の男の顔は、幾分老けているものの、見慣れた顔をしていた。

その男は今度こそ選択する。

ドリームワールドを終了しますか? Yes.

選択すると、目の前の画面に表示されている映像が乱れて、急速に薄れていった。

体の感覚が薄くなって、代わりにゾワゾワと別の体の感覚が繋がっていく。

ないまぜになった視界と感覚のさなかで、やさしい声が聞こえる。

「・・・大丈夫。

 次はきっとうまくいきますよ。

 あなたには、このドリームワールドで過ごした経験がある。

 あなたはつらいことを既にたくさん経験している。

 だから大丈夫です。

 ハズレを引いたくじ引きは、次はアタリを引く確率が高くなるものですから。」

その男がそのドリームワールドで最後に耳にしたのは、そんな言葉だった。



 その男が目覚めると、目の前には息苦しい暗闇が広がっていた。

真っ暗な世界にきたのかと考えて、

すぐに頭に何かを被っているせいだと気がつく。

頭に被っていたヘルメットのようなものを脱ぐと、

その男の目の前には、見慣れたアパートの自室があった。

狭くて小汚くて散らかっている、いつもの自分の部屋。

窓の向こうには曇天が広がっていた。

「・・・戻って、きたんだ。」

無意識に口から言葉が溢れて、

それはどこから?と自問自答する。

しかし、夢から覚めた後のように、記憶はあいまいだった。

手に持っていたヘルメットのようなものを見ると、

据え付けられた画面には、入眠から24時間以上経過、と表示されていた。

ハッと気が付いて時計を見る。

時間は朝どころか昼も過ぎていた。

「まずい!遅刻だ!

 何でこんなことになったんだっけ?

 まあいいや、早く出かけよう。」

その男は着ていた服のまま、

置きっぱなしの荷物を抱えて玄関から外へ飛び出した。

玄関の先の現実世界は薄曇りの曇天。

その先には、

ワイワイガヤガヤとつらくて不快な、

だけども未知の物事がいっぱいの、

ドリームワールドが広がっているのだった。



終わり。


 新生活が始まる季節に合わせた話にしようと思って、この物語を作りました。


ドリームワールドに来て最初に表示されたメッセージは実は2種類あります。

どうして違う2種類のメッセージがあったのか、

それが、案内人の男が何者なのかを考える手がかりになります。


最後に、案内人の男は、

ハズレを引いたくじ引きはアタリを引く確率が上がると言いました。

これは数学的には事実だそうですが、

人の生活には必ずしも当てはまらないかもしれません。

何故なら、人は生活の中でハズレを引いて教訓にしますが、

後からくじ自体が無数に追加されていくからです。

しかし、少なくとも同じハズレを引くことは減らせるかもしれない。

ハズレを引いてしまった時には、そう考えたいものです。


この物語を読んでくれた方が顔を上げた時、

そこにドリームワールドが広がっていて欲しいと思います。


お読み頂きありがとうございました。



2022/4/12 訂正

本文

第8段落46行目、

(誤)案内役

(正)案内人

あとがき

第2段落3行目、第3段落1行目、

(誤)案内役

(正)案内人


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