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 部屋に入るとすぐに、恵は靴下を脱ぎ、ぐるぐるっと丸まったまま適当に隅っこに寄せる。

 かたつむり状態で脱ぎ捨てられた靴下を見るたび、弘子は、もし彼と住むことになったら毎日この靴下を拾い上げ、のばさなければならないのだろうか、と考えるのだ。





 久々に大人のレジャー施設(たまに恵は面白がってこういったホテルのことをこう呼ぶ。言いえて妙だ)を訪れた気がする。

 最近、テレビか何かで言っていたのだが、身体的精神的に問題がなくすぐ会える状態の男女の間で、一か月性交がなければそれは「セックス・レス」らしい。

 セックス・レス!

 一か月に一度しかなければ年に十二回しか関係を持たないわけで、そう考えると非常に少ない気もする。

 以前、恵がまだ学生でひとり暮らしをしていて、弘子がよく彼のアパートに遊びに行っていた時、そんなような状態になったことがあった。

 弘子の側が拒んだのではない。

『なんか弘子は家族みたいな感じがする』

と言われた時のショックたるや、凄まじかった。

 当時の二人のセックスと言えば、非常に淡々としたファスト・セックスで弘子も満足できなかった。

 弘子は恵以外の男性と経験がないので、こんなものかと思っていたが、やりようによってはもっとお互い気持ちよくなれるんじゃないかと悶々としていたものだ。

 セックス・レス期間は半年もしないうちに突如として終わった。

 弘子の方には何の変化も覚えがないので、恵の心の内で何かが変わったのだろう。その期間中、弘子が恵を誘ったのは「家族みたい」発言の時とその前の合計二回。どうしてしたくないのか聞いても明瞭な答えは返ってこず、その間は本当に二人でとてもとても仲がよい相棒のように過ごした。布団の中でひっついて小さなゲーム盤をベッドに持ち込んでオセロに興じたり、レンタルビデオ店にあるだけのゴダールを借りてきて一日中ゴダール上映会をしたり。

 弘子はあれ以来、再び二人の間から唐突に「性」がなくなったら、関係を続けていけるだろうか、とたまに考えることがある。こうして恵がシャワーを浴びに行っている時なんかに。

 ガシャン、とドアが開いて恵が部屋に戻ってくる。

 弘子の思考はそこで寸断された。

「お待たせ」

「うん」

 パンプス用の靴下をぺろんと脱ぐと、ひんやりと床の感触が足裏に伝わってきた。

「堀田君」

 風呂上がりは水滴が落ちないようにいつも念入りに身体を拭いてから部屋着を身に付ける恵。まだドライヤーで乾かしてない髪の毛だけがまだたっぷり湿っていた。

 下着一枚で首からタオルを下げている恵に、弘子はぎゅう、と抱き着いた。

「濡れるよ」

「うん」

「シャワー行ってきな、待ってるから」

「うん」

「……」

 そこまでガタイがいいわけでもないくせに、恵のごつごつした手は大きく、弘子の頭蓋骨にすんなり馴染む。まるで、あつらえたみたいに。

 額にちゅっと口づけられた。寝る前の子どもが親にしてもらう前みたいなキス。

「堀田君はセックスするのがすごく上手になったよね」

 あっけにとられたらしい恵の手が一瞬止まって、やがて笑い声と一緒に頭をぐしゃぐしゃに撫でまわされた。

「なに?それ」

「前よりすごくすごくうまくなったよ」

「あんまりハードル上げんのはやめてな」

 苦笑する恵を見上げる。

 恵が弘子の目にかかっていた前髪をはらいながら、

「弘子も上手になったんだからお互い様じゃね?」

「それはようございました」

 くすくす笑う恵からするりと抜けだし、弘子もシャワーを浴びに浴室へ向かった。




 ふわふわはむはむと唇の感触を確かめながらやがて深い口づけになる。付き合いだしてから時間が経つにつれて、その時間はどんどん長くなっていくように思う。

 恵に向かい合って抱っこされているような体勢だ。

 シャワーを浴びて、下着とキャミソールだけをつけた弘子の身体をゆっくりと撫でている。まるで身体の輪郭を確かめるかのように。

 すらすらと滑らかに身体の上を移動する手のひらが、やはりするりとキャミソールの布地と皮膚との間に滑り込む。恵の唇は名残惜しそうに弘子の唇から離れていき、彼女の首筋や鎖骨、耳殻などをゆっくりと、しかし不規則にたどる。

「ん…ばんざい」

「ばんざーい」

 キャミソールを脱がされる。恵の肌の温かさ、手のひらの感触が直にきて、懐かしさと心地よさに息を漏らした。

 恵の脇腹のあたりに手のひらを添わせると、そこが弱い恵はいたずらっ子を咎めるような目をした。するりと何かが落ちる感触。ブラジャーが外され、ベッドの下に落とされた。

 熱い。直接触れ合う胸と胸、そして自分と彼の皮膚越しに伝わる心臓の動き。

 頭の後ろを支えられたかと思えばゆっくり、シーツの上に倒された。

「ほったくん」

「…ん?」

 彼の首に腕を引っかけ引き寄せる。

 さっきのキスとは違い、前置きなしに深く貪った。相手を食べつくすかのように、自分も骨の髄まで食べられてしまうかのように。

「ほったくん、」

 堀田君。

 恵は分かっているというように、その言葉の続きまで食べつくしてしまう。

 熱い身体と対照的に、ついさっきシャワーを浴びてドライヤーで乾かしたばかりの髪の毛はまだほんのわずかに湿気が残っていた。

 恵の汗と混ざってひんやりとしたその髪の毛に指をくぐらせる。



 弘子は恵が好きだ。とても好きだ。


 確かにこの先、彼と続けて行けるのか、それとも別れることになってしまうのか、それは弘子には分からない。実のところ、恵が続けていきたいと思っているのかどうかさえ知りはしない。


 しかし、この熱い肌とひんやりとした髪をした男は今確かに自分のものであって、それは恋だとかなんだとかではない確実さを持って自分の身体に感触として残ってゆく。

 今のところ、自分にはそれがあれば十分な気がする。



 今はまだ。それで。





--The End...?


弘子視点完結です。

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