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 少女漫画では、めでたくお付き合いが成立した時点でハッピーエンド。

 その後の二人は彼らのみぞ知る。

 そうして物語は終わりを告げる。


 しかし、もちろん現実はそううまいこと行かず、男女の仲はその後もやはり山あり谷ありなんだけどな。


 と、そう塚本 弘子は思うわけなのだ。





 週に四コマの授業のためだけに今日も大学へ通う。

 卒業論文は必修ではないが、せっかく大学へ入れてもらったのだし、研究成果を残しておきたいと思い、一応履修登録をした。

 そんな心持ちで手を付けた卒論だったがなんだかんだ辛口の担当教授は期待をしてくれているのか、しごかれている気がする。

 学生ホールで近所のパン屋が出張販売している。

 いつも通り、ここで二つバケットサンドを買って二限の教室へ向かう。毎週火曜日の二限はゼミだ。

 毎週担当の三人がレジュメを作ってきて発表し、教授や他の生徒に叩きのめされるというドMでもなければやっていけないような授業内容ではあるが、毎週やらなければならないことがあるというのは案外いいものだ、と思ってみたりもする。

 自分が担当でないときは。


 というわけで、今週も案外「原文の読み込み足りてます?」などと言われ(弘子はアメリカ文学を専攻している)打ちのめされる弘子だった。


 あー…今日こそ観に行くか。

 この界隈で唯一生き残ったミニシアター。授業がめっきり減って、就職活動もだいぶ落ち着いた弘子が四年になってよく通っている映画館がある。

 弘子の足は自然と、家とは反対方向のバス停へと向かった。


 高校生の頃から、映画を観るのは好きだった。

 映画というのは大勢の人のものすごいエネルギーがたった二時間の上映時間の中に込められているという、そういう途方もない代物なのだ、と言ったのは、高校時代にとても好きだった先輩だった。

 安くはないお金を払って、その二時間のためにどこの誰ともしらない誰かと同じ場所で同じ映像を同じだけ共有しているというのはなんだかとても妙で、ちょっとすごいことのように思えた。

 とはいえミニシアター自体の経営は芳しくないらしく、前年から弘子の通う大学の関係者なら1本1,000円で鑑賞できることになった。それもあって、弘子はもっぱらこのミニシアターでばかり映画を観ている。

 もし、大学進学の時に両親の言葉に甘えて上京していたらまた状況は変わっていたのかもしれないが、今更この適度に街中で、適度に田舎な、住み慣れたこの土地を離れようとは思わなかったし、就活も地元でばかりしている。

 がたがたと路面が荒れているせいでバスにひどく揺られる。

 前の方の座席では高校生がせわしなく携帯を操り、中ほどの座席では弘子と同じく学校帰りらしい青年が文庫本をめくっている。

 弘子はというと特に本を読むでも携帯を扱うでもなく、ただぼうっと窓の外を眺めながら物思いにふけっていた。

 弘子はこんな時間が嫌いじゃない。

 物思いにふける。

 大層な表現だとおかしくなる。

 バスは文教地区である大学の周辺から、ビジネス街を抜けて、街の中心地に向かっている。

 賑わいのはずれに位置するその映画館はいかにもミニシアター系映画が好きな人のために選ばれた場所に建てられているものだと弘子は感心するのだった。


 どんどんと乗客たちは下車していく。

 繁華街から離れ、埠頭と倉庫に近づいていく。

 弘子が停車ボタンを押したとき、バスの中にはもう弘子以外の乗客はいなかった。

「停車します」

 マイク越しに運転手の声を聴く。

 少しだけ開けられた窓からびゅるびゅると風が入ってくる。それから唐突にバスが止まる。なんだかつっけんどんに。


 バスを降りて、十分ほど歩くと、映画館についた。

 七月初め、今日は珍しく雨が止んだ。湿った空気にじりじりと日が当たり、弘子はうっすらと汗ばんでいた。

 学生証と共に千円札を出し、明らかにコンビニのカラーコピーで印刷されたと思しき上映スケジュールのひとつを指さす。

「一枚お願いします」

「はい。1番シアターです。ありがとうございます」


 1番シアターもなにも、この映画館は2つしか上映シアターを持っていない。

 もちろん売店なんてものもなくポップコーンなんか売ってはいない。

 シアター以外にはチケット売り場と少しの待合スペースと自販機、ただそれだけがある。

 自販機に小銭を入れてボタンを押すと、軽快な音がしてカタンと紙コップが落ちてくる。

 飲み物がその中に注がれるのをじっと見ていた。


「えらく真剣に見てるけど、そんなに面白いことが起こってるのか?」

 その自販機で?


 振り向くと男性が立っていた。くしゃりとした風合いの白いシャツにジーンズ。


「……仕事は?」

「振替。土曜出勤だから」

「それは…えとー、お疲れ様です」

「どうも」


 ばたん、と音がして、彼が自販機からコーヒーを取り出した。

「一五分後に上映のやつだろ。今から観るやつ」

「なんでここに来るってわかったの?」

「今日、ゼミの後時間空いてるって言ってたろ。この間、ずっと辞書と首っ引きで本読んでたし、がっつり教授に言われたんじゃないかな、と思ってさ」

 その観察力と洞察力にはなんだか恐れ入る。

「素晴らしい推理」

「だろ」

 私のコーヒーを片手に、彼は軽快な足取りで一番シアターへ入る。

 リクライニング?はて、なんのことやら。といった風な椅子に腰かける。無論、ドリンクホルダーなどありはしない。

 まだ、上映前の宣伝すら始まっていないし、人も入っていない。

 彼はちゅっと掠め取るようなキスをすると、コーヒーを手渡してきた。コーヒー飲んだ後は苦いだろ、と当たり前の顔をして。

 


 彼は堀田 恵(ほった めぐむ)

 およそひと月ぶりに顔を合わせた弘子の恋人だ。




--to be continued...

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