魔狼卿フェンリル-SIDE:ダイアナ
「なんですって!? アンタがお父様を……!?」
いいえ、落ち着くのよダイアナ。ハッタリに決まってる。
お父様は魔王軍の幹部によって命を奪われたはず。
魔王軍の幹部がこんな場所にいるはずがない。
「どうやって城に侵入したの?」
「今でも覚えているぞ。舞い上がる炎の中、霊王は無様に命乞いをしていたな。どうか自分の命だけは助けて欲しいと」
「ワタシの質問に答えなさい!」
お父様がそんなこと言うわけない。
あの人は、民を、ワタシを逃がすために、最期まで勇敢に戦ったんだ!
あのふざけた大口を、氷の槍で縫い付けてやる!
ワタシは杖を構え、空中に生み出した氷の槍の矛先を隻眼のワーウルフへ向けて――
「遅い!」
それは刹那のできごとだった。
氷の槍に意識を向けた瞬間、隻眼のワーウルフが一瞬で懐に潜り込んできた。
「やば――――」
「フンっ!」
ワタシが反応するよりも速く、ワーウルフの巨大な右腕が首元に伸びてきた。
喉輪を決められて衝撃で身体が宙に浮く。
息が、できな――――
「未熟。戦いの最中に敵の言葉に心を乱すとは」
「ぐぅぅぅ…………!」
「言霊を封じてしまえば術は放てまい。これで仕舞いだ」
首を絞められて頭に血が上る。
視界が黒く落ちて、意識が朦朧としてくる。
だけど負けるものか……!
「ワタシはまだ……ッ!」
「いい眼をしている。おもしろい。強いメスは嫌いではない」
隻眼のワーウルフは牙を剥いて笑うと、無造作にワタシの身体を放り投げた。
近くの木に背中を強かに打ち付け、その場にうずくまる。
「がはっ……!」
背中を強打した衝撃で、ワタシは胃の中のモノを吐いた。
けれど、一度だって杖を手放したりしなかった。
形見の杖を支えにして、その場で立ち上がる。
「許さない……許さないんだからッ!」
身体中が痛い。口の中が鉄の味で満たされる。
手も足も震え、立っているのがやっとだ。
「だけどそれがなんだ! ワタシは負けないっ!」
「その瞳に宿るマナの揺らめき……それは憎しみか? 父を殺した我に復讐したいのか?」
「復讐……? ハッ! そんな暇つぶしに興味はないわ」
「では、何故だ。なにゆえ立ち上がる。おまえを奮い立たせるモノは何だ? 何が許せないと言うのだ」
「ワタシ、ワタシは…………」
復讐なんて一度も考えたことがない。
世界の行く末だって、本当はどうでもいい。
ワタシが許せないのは……。
「ワタシは自分自身が許せない! あの日、何もできずに大切な家族を見殺しにした自分の弱さが!」
ワタシは叫び、無詠唱で火蜥蜴を召喚。炎の精霊の力を自身の魂に宿す!
「これがワタシの答えよ。あの日の自分を倒して、ワタシは前に進むんだ!」
精霊と同化した今のワタシは火蜥蜴そのもの。
念じるだけで、相手の身体を獄炎に包み込む。
「グゥゥッ!?」
無詠唱の精霊術なんて見たことなかったのだろう。
隻眼のワーウルフは赤黒い炎にまかれながら、慌てたように後方へ飛び退いた。
「ものども、かかれっ!」
「グルアアアァァァァッッ!!」
隻眼の号令に従い、部下のワーウルフが飛びかかってくる。
喉輪を決められた時にバインドの術は解かれていた。
けれど、もはやそんなものは関係ない。
「失せなさい」
ワタシは襲ってきたワーウルフのカラダに触れ、一瞬にしてその身を燃やし尽くした。
「ギャアアアアァァァァァッ!!!」
仲間の惨状を目の当たりにした他のワーウルフたちが目を見開き、たたらを踏む。
一瞬の迷いが命取りだ。ワタシは腕を横に薙いだ。
たったそれだけで、他のワーウルフどもも消し炭となった。
遺灰と魔石だけを残し、断末魔の叫びさえ上げずに風の中に消える。
「その身に精霊を憑依させたか。恐るべき力だ。ならば……」
自力で炎から脱したのだろう。
炎の鱗粉と死灰が舞う中、隻眼のワーウルフがワタシを睨み付けて――
「超音咆吼――――ッ!!!!」
大きな顎を開くと、人の耳では感知できないレベルの高音を発した。
超音波だろう。音の波で空気が震え、ワタシの鼓膜や脳を揺らしてくる。
「くっ……!?」
不快な音の波に耐えきれず、ワタシは反射的に耳を塞いだ。
集中が途切れてしまい、身体に宿っていた炎が掻き消えてしまう。
慌てて周囲の様子を窺うが――
「ハァッ!」
隻眼のワーウルフの短い雄叫び。
ワタシの腹部を襲う鈍い衝撃。
一拍の後――
「……ァっ!」
ワタシは血反吐を吐きながら、その場にうずくまった。
「精霊が宿主を護ったか。殺すつもりで掌底をぶち込んだのだがな」
隻眼のワーウルフは警戒しながらこちらに近づき、ワタシの頭を鷲づかみにした。
ワタシは抵抗できず身体を持ち上げられて、無様に手足をぶらつかせる。
「恐るべき力だったが憑依状態は長くはもつまい。マナの消耗が激しすぎる」
「はぁはぁ……っ」
「息をするのもやっとか。ここまでのようだな」
隻眼のワーウルフはワタシの頭を掴んだまま、ニヤリと犬歯を見せた。
「褒めてやる。おまえはよくやった。魔狼卿たる我に一矢報いたのだからな」
「魔狼卿フェンリル……!」
魔狼卿フェンリルは、暗殺や奇襲を得意とする魔王軍幹部の名前だ。
本当にコイツがお父さまを……。
もうダメかもしれない。衛兵が束になっても敵わない。
まさか幹部クラスのモンスターが直接乗り込んでくるなんて。
「これだから人間は怖い。取るに足らぬと見逃した赤子がここまで成長するとは」
長い舌を伸ばして、ワタシの口から垂れた血を舐め取るフェンリル。
ざらりとした舌の感触に身の毛がよだつ。
「その身を食らえば、我の力はさらなる高見へと至るだろう。安心しろ。一瞬で終わらせてやる」
眼前に迫る鋭く尖ったかぎ爪。
これがワタシの最期。
ワタシはやれることをやった。全力を尽くした。
お父様もワタシの頑張りを認めてくれるだろう。
もう終わっていいじゃないか。
弱い自分がそう囁く。
だけど――――
「負けてたまるかぁぁぁぁっ!」
ワタシは目を見開いて叫んだ。
誰でもない。自分自身に向かって。
ここで目を瞑ったら、あの日と同じだ。
お父様たちを見殺しにした、あの日と。
ワタシはもう二度と逃げない。
最期の最後まで希望を忘れない。
無様でもいい。必死に手を伸ばし続ける。
ワタシは願ったんだ。
神の恩恵を地上にもたらす天使ではなくて、ワタシと一緒に戦ってくれる勇気ある戦士の来訪を。
その戦士の名前は――――
「待たせたなっ!」
目映い銀光と共に現れる、待ち焦がれたあの人の影。
「シズ――――!」
ワタシを庇う勇者さまの背中に向けて、その名を叫んだ。
ダイアナ視点はここまです。
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