王都強襲-SIDE:ダイアナ
※ここからダイアナ視点になります。
――半日後。
朝霧に包まれた王城。
日が昇る直前、衛兵も気を抜く時間帯。
ワタシは寝室をこっそり抜け出して、人気のない中庭へと向かった。
「今日も頑張るわよ」
本日のトレーニング内容は、大天才ダイアナさま自らが編み出した短縮詠唱術式だ。
「氷の槍、水煙り、流転、同化、土小鬼の囁き、集中、時金鳴――」
木の杖を両手で掲げて意識を集中。
予め刷り込んでおいた呪文を口に出して、精霊術を連続使用する。 戦闘のたびに長ったらしい呪文を唱えていたら、その隙を突かれて攻撃を受けてしまう。
呪文を短縮できれば、それだけ素早く対処できる。
だから、短縮詠唱術式を編み出したのだけれど――
「ぷはっ!」
集中力が途切れ、ワタシは大きく息を吐いた。
全身から汗が噴き出す。
体内の精霊力が活性化して、体温が上がっているのだ。
短縮詠唱は高速かつ連続して術を使えるという利点があるが、それだけマナの消費が激しくなる。術の効果も不安定だ。
「でも、ようやく感覚は掴めてきたわ。……炎よ!」
ワタシは自分との相性がいい火蜥蜴の力を借りて、杖の先に小さな炎を灯す。
火の精霊術なら、無詠唱での使用も可能だ。
大事なのは己を信じること。
己自身に宿る魂――マナに呼びかけ、結果を強く願うこと。
そうすれば、精霊は術者の願いに応えて意図を汲み取ってくれる。
精霊の好物は精霊力だ。術者の魂だ。
その魂が強く燃え上がるほどに、精霊術もその威力と精度が増していく。
「また一歩、精霊術の神髄に近づけたんじゃないかしら。今日の成果をメモしておきましょう」
杖に宿った炎を消したあと、ワタシは手帳を取り出して携帯羽根ペンでメモを取った。
精霊術研究のすべては、霊王朝にある学院に集結していた。
しかし、魔王の侵略によって資料は学院ごと消失した。
だけど、精霊術研究の火を途絶えさせるわけにはいかない。
学院最後にして最強の主席術士であるこのワタシが、先達の意志を継がなければならないのだ。
「この杖。入学祝いとしてお父さまが譲ってくれたのよね……」
お父様も学院の卒業生だ。
入学一年目にして火の精霊術をマスターしたと報告したら喜んでくれたっけ。
「ワタシのこと、勇者さまにぜぇったいに認めさせるんだから!」
決意を新たに形見である白樺の杖を掴み、心の内に闘志を燃やす。
「朝ご飯までもうひと頑張りしますか!」
ワタシは再び杖を構えて、意識を集中させる。
中庭に漂う精霊の存在を感じ取り――
「……っ! そこにいるのは誰!」
精霊と心の中で会話をしていると、木陰に潜む何者かの気配を感じた。
日はまだ昇っておらず、朝霧も濃い。
普通なら木陰に潜む何かの影には気がつかないだろう。
けれど、ワタシは精霊術士。
場にそぐわない異質なるモノの存在を感知できる。
「出てきなさい。大人しくすれば痛い目に遭わずに済むわよ」
杖をかざして、木陰に向かって声をかける。
月灯りを頼りに目を凝らすと、金色の双眼がこちらを見つめていることに気がついた。
草を踏みしめる複数の足音も聞こえる。
「グルルル…………」
やがて、灰色の毛皮を被った男達が姿を現した。
いや、違う。毛皮を被っているわけではなくて。
「ワーウルフ……!?」
木陰に潜んでいたのは二足歩行の灰色狼のモンスター、ワーウルフだった。
人狼族とも呼ばれる彼らは強靱な肉体と俊敏な脚足を持ち、ナイフのような切れ味を持つかぎ爪での攻撃を得意とする。
中庭に姿を現したワーウルフの数は全部で4体。
鋭い牙と敵意を剥き出しにして、ゆっくりと近づいてくる。
「ど、どうして城の中にモンスターがいるのよ!」
恐怖のあまり、ワタシは背を見せて逃げ出す。
チラリと後ろを振り返れば、ワーウルフ達は大きな顎を開いて涎を垂らしていた。
間抜け面を晒してる彼らに後方から指示が飛ぶ。
「戦の前の腹ごしらえだ。我らが血肉とせよ!」
前衛である4体の他に、後方にもう1体潜んでいるようだ。群れのボスだろう。
ボスの号令で、ワーウルフ達が襲いかかってきた。
4対1の圧倒的不利な状況だけれど……。
「狙い通り!」
襲いかかってきたワーウルフの一体が、中庭の芝生に踏み入った。
ワタシは杖の石突きを地面に叩きつけ、短縮詠唱術を唱える。
「地束縛!」
ノックで土の精霊を呼び起こして、芝生の地下に張り巡らされている木の根っこを操作。
触手のように伸びた根っこが、ワーウルフの手足を拘束した。
休む暇を与えず、今度は水と土の精霊に呼びかける。
「念には念よ! 泥よ、彼の者を捕らえよ! 土小鬼と波乙女の喧噪!」
ワタシの呼びかけに応じて、他のワーウルフの足元にある土を泥に変化させる。
発生させた泥には鳥もちのような粘着性を帯びさせており、泥に足を取られたワーウルフは身動きが取れずにいた。
「ふふーん。まんまと罠にかかったわね。隙を見せたら必ず襲ってくると思ってたわ」
狼の習性について文献で読んだことがある。
彼らは慎重な性格で、群れから孤立した最も弱い個体だけを狙う。
襲う際もまず最初に先遣隊が相手の弱点を突き、動きを完全に封じてから別の狼がトドメを刺す。
その習性を利用して、か弱い子羊になりきり背中を見せた。
そうして襲いかかってきたところを、バインドの術で一網打尽にした。
おかげで、高みの見物を決めていたボスだけを孤立させることに成功したわけだ。
「氷の槍!」
短縮詠唱で水の精霊に頼み、杖の周囲に氷の刃を無数に生み出す。
串刺しはワタシの趣味ではないけれど、氷の槍なら、広範囲に同時攻撃ができる。
敵の動きは止めてある。狙いは外さない。
「見事な手際だ。子供と侮っていたようだな」
意識を集中させて氷の槍の狙いを定めていると、木陰から大柄のワーウルフが姿を現した。
身体には無数の疵痕があり、片目が潰れていた。
後ろに控えていた手負いの狼……というわけではない。隻眼のワーウルフこそが群れのボスだ。
「今さら後悔しても遅いわよ。この天才精霊術士ダイアナさまが、アナタたちに引導を渡してあげる!」
「威勢がいいな。だが声が震えているぞ」
「……っ! う、うるさいわね」
見透かされている。
ワタシは背筋を流れる冷や汗を悟られないよう、わざと大声を上げて杖を構えた。
「しかし、驚いたな。我ら人狼族の隠れ身の魔術を見破るとは。その感知能力の高さ。内側から漂う濃厚なマナの匂い……さてはキサマ、霊王の娘だな」
「……っ! お父様を知っているの!?」
「知っているとも。オマエの父を手に掛けたのは我だ」