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護るべきもの

「シーツをお取り替えいたしますね」


 ダイアナが去ったあとメイドが部屋の掃除を始めた。何度か部屋の掃除をしてもらっている馴染みのメイドだ。

 メイドはプラジネットの出身で、ダイアナと一緒に亡命してきたらしい。

 ダイアナが立ち去り手持ち無沙汰になった俺は、洗い物を回収するメイドに声をかけた。


「ダイアナが俺の世話を焼くのは、物珍しさからですかね」


「王女殿下は好奇心の塊のような方ですから、それもあるかと存じます。ですが、それ以上に責任を感じていらっしゃるのでしょう」


「責任?」


「勇者さまを召喚するにあたり、王女殿下は悩んでおいででした。事情も知らない罪なき人間を、自分たちの都合のために呼び出してよいものかと」


「ダイアナがそんなことを……」


「それでも王女殿下はご決断なさいました。そして聖神ベルドさまに誓ったのです。命ある限り勇者さまと共に戦うと。何があっても決して逃げはしないと」


 だから、ダイアナは一緒に戦うと言って聞かないのか。

 及び腰な騎士たちに苛立ちを覚えるのも当然だ。小さな子供が命を賭して戦うと誓ったのに、大の大人たちは城に篭もって震えているだけなのだから。


「生まれ故郷を亡くされ、兄君しか頼れる方もいらっしゃらない状況です。勇者さまのお世話をしたがるのも、甘えたい気持ちの裏返しなのかもしれませんね」


「そうでしたか……」


 ダイアナが部屋を出て行ったあと、俺は数日前のとある出来事を思い出していた。


 それは容体も落ち着き、自分の力で部屋を動き回れるようになった頃の話だった。

 リハビリの散歩から帰ってくると、俺が眠るはずだったベッドの上でダイアナが居眠りをしていた。

 俺に見せるためだろう。分厚い本を枕代わりにしている。


「リハビリにかまけて、約束の時間に遅れちまったか」


 ダイアナは俺の部屋を訪れ、この世界の常識について教えてくれていた。

 今日は午後から基礎精霊学の授業があったのだが遅刻してしまった。


「すぴー、すぽー、すぷー」


「すごい寝息だな……」


 俺はダイアナを起こさないように、近くにあった毛布をダイアナの肩にかけた。


「んん……おとう、さま…………」


「おっと。起こしちゃったか?」


 ダイアナは父親の名を呼びながら目を覚ました。

 呆けた表情で俺の顔を見つめると――


「いや……ダメっ! 置いていかないでっ! パパぁ! ママぁぁっ!」


 目に一杯の涙を溜め、俺の腕にしがみついてきた。

 肉に食い込むほどに爪を立て、必死に叫びをあげる。


「いやだっ! ワタシもっ、ワタシも残るっ! 一緒に、一緒に……っ!」


「落ち着け、ダイアナっ! 落ち着くんだっ!」


 暴れるダイアナを抱きしめ、耳元で強めに呼びかける。

 すると、ダイアナは徐々に落ち着きを取り戻した。


「あ…………あれ? ワタシ、は……」


「もう大丈夫だ。ここにモンスターはいない。もう平気だから……」


「うん………………」


 両親の最期を夢に見て、錯乱状態にあったのだろう。

 優しく背中を撫でると、ダイアナな安心したように微笑んで静かに寝息を立て始めた。


 他人事のように考えていた魔王との戦いについて、本気で考え始めたのはこの頃からだ。

 ダイアナを危険な目に遭わせたくないと思い始めたのは、あの涙を見た時からだ。

 泣き顔なんて見たくない。ダイアナに心から笑ってほしい。そう思った。

 だけど――


「共に戦う……か」


 数日前の出来事を思い出して、俺はため息を吐く。


 ダイアナは強い決意を胸に抱いて、勇者である俺を召喚した。

 異国の地で孤独な生活を強いられてきたダイアナ。

 ここは異世界で相手は王族だ。過ごしてきた環境が違いすぎて、ダイアナの心中は察してやれない。

 俺はティアラ・ノーグに飛ばされたばかりで、申し訳ないが愛国心は持ち合わせていない。対岸の火事のように感じる。

 この国の騎士たちも、俺と同じように感じているのかもしれない。

 だが、目の前で実際に涙を流されたら手を差し伸べたくなるのが人情ってものだ。

 それが年端もいかない美少女なら尚更。俺も男だからな。

 ダイアナの願いを叶えてやりたい。心からそう思う。だがしかし――


「やめだやめっ」


 俺はお日様の匂いがする新しい枕カバーに顔を埋めて、考えることをやめた。


 俺はバカだ。考えるほど深みにはまる。

 感じたまま、思ったままに行動した方が前に進める。

 口が付いているんだ。明日、ダイアナと話をしよう。

 それで喧嘩になってもいい。

 よりよい未来を手に入れるには、争うことも必要なのだから。

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