アガートラム・フルドライブ
「来てくれると信じてたわ」
「何度だって助けるさ。召喚されたあの日、おまえを護るって誓ったからな」
ブーツにかけられた飛翔の術を解除。
俺は親指をグッと突き立て、愛する奥さんを抱き締める。
駆けつけた際に足蹴にしたのが、邪精王スプリガンだろう。
ダイアナは途中で俺の存在に気がついてたようだ。
上手くスプリガンを挑発してくれたおかげで、死角から一撃をぶち込むことができた。
不意打ちで吹き飛ばせたが、沼に足を突っ込んだような妙な手応えがあった。警戒は続けるべきだろう。
「シズ、クロとヨシュアくんが! 村の人も助けないと!」
「村は安心しろ。すでに避難を開始してる」
「さっすがウチの旦那さま。抜かりがないわね」
村へ戻る途中、顔見知りの女性ハンターに声をかけて住人の避難誘導を任せた。
村を襲おうとしたゴブリンもすでに討伐が開始されている。
「ヨシュアくんはダイアナに任せていいか? それと村に被害が出ないように結界を張ってくれ」
「わかったわ」
ダイアナは杖を掲げて波乙女を呼び出した。
瓦礫などが吹き飛んだ際に、変幻自在な水の膜でガードしてくれる。
これなら派手に暴れても、村への被害が抑えられるだろう。
「待ってろ、クロ。パパが助けるからな……!」
クロの体は儀式陣の中心、茨のような形をした黒い雷光の中に囚われていた。
雷の茨は魔力が具現化したもので、触れるだけで相手の身を焼き焦がすだろう。
「そんなことはどうでもいい」
俺は迷わず、躊躇わず、儀式陣の中心へ向かう。
大切なモノを護るためなら、いくらでもこの身を焼こう。
この身を犠牲にしてでも護りたいモノがある。
そのために俺は勇者になると女神に誓ったのだから。
「おっと! それ以上近づいたら危険ですよ。火傷どころじゃ済みません」
だがそこで、スプリガンがクロと俺の間に割り込んできた。
浮遊の術を使って体を浮き上がらせている。
背中に大穴が開いているが、そのキズが見る見るうちに塞がっていく。
「妙な手応えがしたが……おまえ、覚醒してるな?」
「ご名答! 私はすでに次のステージに立っている!」
スプリガンは儀式陣から立ち上る黒い稲光を背に、両手を天高く掲げて勝利宣言をした。
「魔神クロウ・クルワッハの権能は、死と破壊、そして”過去”を司る! 魔神の力を吸収して神格を得た私は、不死身の体を手に入れたのです!」
「自分をアンデッド化させているのか」
死者蘇生の魔術の応用だろう。
単純な物理攻撃では、スプリガンを消滅させることはできない。
「さあ、どうします? 不死身の魔王にどう対抗するおつもりですか? 仮面の勇者アガート!」
「どうするもこうするもない」
俺は銀のガントレットを構えて――――
「正面から殴り倒すだけだ!」
明鏡止水の境地で呼吸を整え、丹田に”気”を集中。
左手を天に掲げ、召喚呪文を叫ぶ!
「セットアップ! 神衣全力展開……ッ!」
召喚呪文に応じて、左腕のガントレット――神器アガートラムに秘められた力が解放される。
次の瞬間――――
「仮面の勇者アガート、参上ッ!」
銀色に輝くフルフェイスアーマーが自動装着された。
通常モードとフルドライブの違いは、リミッターである六枚翅を最初から全弾消費していることだ。
リミッターを全開放することで、俺の身に宿る神力は桁違いに跳ね上がる。
背中には銀色の光翼が生え、ご丁寧に尾翼まで生えていた。
フルドライブモードを初めて披露したとき、ダイアナは俺の姿を見てこう称していた。
伝説に謳われた銀竜アガートラムが降臨した、と――――
「ハハッ! だから無駄だと言ってるでしょう!」
スプリガンが黒曜石の指輪を鈍く輝かせる。
すると、スプリガンの周囲に青い色の火炎球が生まれた。
その数は10を超えている。
青い炎は超高温の熱を宿し、さらには死の呪いが込められていると聞く。
並みの精霊術士なら、ひとつ生み出すのでやっとだろう。
「見るがいい。新世界の神たるスプリガンさまの力を! 地獄の業火!」
スプリガンが青い火炎球を放つ。
狙いはもちろん、新世界の神に挑もうとする愚かな人間だ。
だが、その人間は逃げる素振りを見せず、まっすぐスプリガンへ近づいていった。
降り注ぐ青い炎の直撃を受け、それでも怯まず火の粉を振り払う。
前へ、前へ。
愚直に、一歩ずつ、前に――――!
「くっ! これならどうです! 深淵触手!」
スプリガンが指を鳴らすと、井戸の底から半透明の触腕が複数伸びてきた。
触腕は俺の背中や腹、頭部を滅多打ちにしてくる。
攻撃は止まらない。俺の歩みを止めようというのだろう
巨大な触腕が先端から裂け、中から小型の触手が生えてきた。
イソギンチャクのように無数に枝分かれした悪魔の指先が、俺の全身を包み込み――
「うぜぇ!」
俺はその場で大地を踏みしめて、裂帛の気合いと共に触手を吹き飛ばした。
水泡と化した触手の破片が周囲に飛び散り、一瞬だけ雨を降らせた。
「今の攻撃はよかった。仕返しが楽しみだ。やられたら300倍返しがウチの家訓でな」
俺は呟きながら肩を回す。
二桁ほど多い気がするが別にいいだろう。
ダイアナとクロ、シスターにヨシュアくん、村の人たちを散々苦しめてきたんだ。3倍では物足りない。
「なぜだぁ!? どうして私の魔術が効かないのですか!」
相対するスプリガンは、泡を食ったように連続で魔術を放ってきた。
地獄の業火の乱れ打ちから始まり、毒霧、精神汚染なんて嫌がらせのような攻撃も仕掛けてきた。
だが、すべての攻撃を受けてなお、俺の歩みは止まらない。
左の拳を握り締め、一歩一歩、スプリガンに近づいていく。
「コォォォォ…………」
俺は呼吸を整え、暴走しそうになる神力を抑え込んだ。
フルドライブは桁違いの神力を全身に張り巡らせることで、通常の600倍のパワーを出せる全力ぶん殴りモードだ。
くだらない手品なんて、神力に触れただけで無効化できる。
ただし、身体に掛かる負荷も桁違いだ。
呼吸を行うだけで肺が潰れそうになる。
だが、すでにその弱点は克服している。魔王を倒すために猛特訓した。
勇者を辞めて田舎に引っ越そうが、身と心で会得した奥義を忘れるわけがない。
「な、なんですか、その輝きはッ!」
フルドライブモードを目の当たりにしたスプリガンは、大きな眼球をギョロリと剥いた。
指輪をはめた人差し指をガタガタと震わせて、俺の背後に宿る銀色の後光を指し示す。
「アア、わかる……ッ! 神の領域に足を踏み入れた今ならわかってしまう! その光、その力は――――」
「そうだ。太陽の女神スクルドは、義務と共存、そして”未来”を司る。己に誓いを立て、誓約を守るほどにより力が増していく」
俺はあふれ出る神力を抑え込み、左腕にエネルギーを集中させる。
「増幅した神力は銀色の光となって俺の内側に宿る――――未来を掴む希望になるッ!」
左腕に集まった銀光――――
未来を引き寄せる力が限界を超える。
「俺が放つ光は”未来”そのものだ! どんな状況からでも勝利できる”必勝因果”の概念神器。それこそがアガートラムの真の姿だ!」
「因果律の操作だとッ!? そんな馬鹿げた力があってたまるか! それではキサマに敵対したすべての存在は滅びる定めにあるではないかッ!」
「当たり前だろ? 俺は仮面の勇者アガートだ」
俺は左腕を引き絞り、スプリガンに狙いを定める。
「ヒーローは絶対に負けないっ! それが”お約束”だからな――――ッ!」
「フザケルナアァァァァァ!!!!!」
激昂し、魔神の力をその身に宿らせて襲いかかってくるスプリガン。
黒く穢れた澱をまとい、鬼のような形相で迫ってくる。
その姿は悪魔そのもの。
だが、相手が神域に手を伸ばせば伸ばすほど、原初の存在に近づけば近づくほどアガートラムの威力は増す。
アガートラムは、太陽の女神スクルドが鋳造した神殺しの拳。
厄災の芽を刈り取るための、草薙の剣なのだから!
「貫けッ! 神威の一矢――――――――ッ!!!!」
”必勝因果”の祝詞を紡ぎ、銀の左腕を突き出す!
閃光が迸り、刹那――――
「グアアアアアアアアアア――――――――ッ!!!!」
邪精王スプリガンは銀白の光に飲み込まれ、魂すら残さず消滅した。




