邪精王スプリガン
――――深夜。ワッチ村のはずれ、森の中にて。
「神子を取り逃したですって!? そんなことを報告しに戻ったんですか!」
王冠に赤いマントを羽織ったゴブリンキング――邪精王スプリガンは、怒りのあまり金杯を部下に投げつけた。
「私が求めているのは結果です! 結果を出せない無能は彼のように贄になってもらいますよ!」
長の激昂に、恐れおののく部下ゴブリンたち。
儀式を取り仕切っていた神官長は殺され、神子は連れ去られた。
隠密諜報部隊に神子の回収を命じたが、それも失敗に終わった……。
部下の報告を聞き終えたスプリガンは、長細い指の爪を忌々しげに噛みながら独り言を呟き、考察を重ねる。
「神子を連れ去ったハンターとやらは、神器を所持する件の勇者でしょう。霊王の娘がそばにいるのがその証拠。まさかこんな辺境の地に隠れ住んでいるとは。神子のマナに引き寄せられたか、あるいは……」
巨漢のゴブリン王は独り言を呟き続けながら、大事にしている黒曜石の指輪を撫でる。
王は賢き隠者だが、自分の思い通りにいかないとゴブリンが変わったように怒り出す厄介な性格の持ち主だ。
『神子を連れ去ったハンターは三流だ。油断しなければ負けはしない。次こそは……』
部隊長のゴブリンウォーリアーはそう言い残し、黒曜石の指輪の力でマナを吸われて灰になった。
我らが王は畏るべき魔術を使う。
部下のゴブリンたちは明日は我が身かもしれないと体を震え上がらせ、嵐が過ぎ去るのを黙って待つしかなかった。
「は、離しなさい。聖神ベルドの天罰が下りますよ!」
スプリガンの怒りがピークに達した頃、年若いゴブリンシャーマンが裸に剥いた人間の女を連れてきた。
「その女は……?」
スプリガンの質問に、ゴブリンシャーマンが下卑た笑みを浮かべながらゴブリン語で説明する。
「村に住むウルドの信者です。密偵を送り込もうとしたところ、感づかれてしまいまして。口を封じようかと思いましたが、その前にスプリガンさまにご賞味いただきたく……」
「おやおや。なかなかの上玉ではないですか。でかしましたよ。アナタを新しい神官長に任命しましょう」
「ははっ。ありがたき幸せ」
「うぅぅ……」
己の運命を悟ったのか、シスターは涙を流す。
争った際に傷はついたものの、白くて柔らかい肌とその豊満な肢体は、魔物であるゴブリンでさえも魅了する。
流す涙でさえも宝石のように美しい……。
宝石に目がないスプリガンは、ひと目で女を気に入った。
「……ふむ。よいことを思いつきました」
スプリガンはシスターの頬を流れる涙を紫色の長い舌で舐め取り、ニタリと笑った。
「我らが神の慈悲深さを、その身に教えてさしあげましょう」
「な、なにを……?」
「ご安心ください。苦痛を伴うのは最初だけ。すぐに慣れますよ……」
「い、いやっ! 来ないで! 私の中に入ってこないで……誰か、誰かタスケ――――い、いやあぁぁぁぁっっ!」
響き渡るシスターの悲鳴。
だが、深い闇はすべてを飲み込む。
シスターの叫びは誰にも届かず、森は再び静寂に包まれた――――