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せめて今夜はいい夢を……

 エイラという嵐が去ったあと、俺とダイアナはクロの容体を確認するため、二階の寝室へ上がった。


「水、取り替えなくちゃな」


「うゅ………? パパ、ママ?」


 汗ふき用の手ぬぐいと水桶を運ぼうとしたら、クロが目を覚ました。

 ダイアナがベッドに近づき、クロの額に手を当てる。


「熱は下がったみたい」


「どこか身体は痛むか?」


「ううん。へーきだよ」


「それじゃあ、そのままおねんねしてな」


 クロの返事にダイアナは安堵した表情を浮かべる。

 俺もひと安心して、水桶を持って立ち上がった。

 すると、俺の服の裾をクロが掴んできた。


「パパ……ママ……一人にしないで……」


「クロ……」


 俺とダイアナは顔を見合わせる。

 元々、交代で看病をするつもりだった。クロが三人一緒を望むなら、それもいいだろう。


 ベッドに潜り込むと、クロはすぐに寝息を立て始めた。安心しきった顔で豪快に涎を垂らしている。


「ふふっ。可愛い寝顔ね」


 ダイアナはクロに添い寝をしながら、その寝顔を穏やかな表情で見つめ続けた。


「なあ、ダイアナ。故郷のこと、まだ夢に見るのか?」


 俺は天井を見上げながらダイアナに訊ねた。

 ダイアナは寝返りを打つと、同じく天井を見上げながら静かに口を開いた。


「城が燃え落ちた時の光景は目に焼き付いて離れないわ。忘れたくても忘れられない……」


「そうか…………」


「だけどね、シズたちのおかげで前に進めた。だから、過去は過去の出来事として割り切ってる」


「俺たちは背中を見守ってただけだよ。前に進めたのは自分自身の力だ。なんせおまえは大天才のダイアナさまだからな」


「えへへ。ありがと」


 ダイアナはくすぐったそうに笑みを浮かべると、再び寝返りを打って俺の顔を見つめてきた。


「でも、お礼は言わせて。あなたがそばにいてくれたから、今もワタシはこうして笑っていられるの。あなたはやっぱり、ワタシにとってのヒーロー。世界で一番の勇者さまよ」


「ダイアナ……」


 ダイアナの瞳から熱い情動を感じる。

 俺がそっと手を伸ばすと、ダイアナの指が絡んできた。

 ダイアナの指は、細くもなければ白くもない。

 冒険で傷つき、機織り仕事で太くなった。

 お城で暮らしていた6年前とは大違いだ。

 だけど――


「ダイアナの指、綺麗だな」


「ふふっ。ありがとう」


 俺は今のダイアナの指が好きだった。

 ずっとそばにいて最愛の人の成長を見守り、見守られてきた。

 ダイアナの太くて傷ついた指は、今日までを懸命に生きてきた証で。


「一国の王女さまを独り占めしてる気分はどう?」


「悪くない。この笑顔を護るために俺は今日まで頑張ってきたんだ。もちろんこれからもな」


 ダイアナと苦楽を共にした魔王討伐の旅。

 冒険の最中、俺たちは互いの想いを確認しあった。

 最初は戸惑いや恥じらいもあったけれど、今ではすっかり打ち解けている。


「シズ……」


「ダイアナ……」


 俺とダイアナは見つめ合い、心を絡ませ合う。

 自然と顔と顔が近づいて。ダイアナの熱い吐息が鼻先をくすぐって――


「むにゃむにゃ……」


 鼻がくすぐったかったのは、俺だけではなかったようだ。


「飴ちゃん。もう食べられないよ……」


 俺とダイアナの間に挟まれていたクロが、可愛い寝言を呟きながら寝返りを打った。

 俺とダイアナは顔を見合わせて同時に噴き出す。


「クロが起きちゃうわね」


「ああ。続きはまた今度だな」


「つ、続きって……」


「したくないのか?」


「…………したいけど」


「なら、楽しみにしててくれ。いつも以上に愛しちゃうぞ。ウチの嫁さんはハードなのがお好きみたいだしな」


「い、いつも以上に………! もうっ。シズったらヘンタイさんなんだから!」


 ダイアナは俺に背を見せて、目深に毛布をかぶった。

 けれど、真っ赤になった耳だけが表に出ている。

 結婚してからそれなりにしてるんだが、ダイアナは未だにエッチなことに免疫がなかった。


「ウチの嫁さんは今日も可愛いなぁ」


「…………えへへ」


 反対側に顔を向けているので表情はわからないが、ダイアナは嬉しそうな声を漏らした。そのまま寝息を立てて静かになる。

 きっと今日はいい夢を見られるだろう。目の前で家族を失った悪夢ではなく。


「パパ…………か」


 俺は幸せそうに眠っているクロを見つめる。

 クロの記憶は失われている。家族の顔や名前も未だに思い出せないようだ。

 けれど、クロだって誰かの幸せの一部……いや、生きる理由そのものだったかもしれないわけで。

 別れは寂しいけれど、帰れる場所があるなら帰してやりたい。

 クロにとって、それが一番の幸せだろうから……。


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