神の子供
エイラにも手伝ってもらい、熱を出したクロを家まで運んだ。
教会で調べ物をしていたダイアナに連絡が届いたのは、クロの容体が安定してからだった。
「クロが熱を出して倒れたってどういうこと!? いいいいいいったい、どうしたらっ!?」
大慌てで家に駆け戻ってきたダイアナは、リビングで右往左往する。
するとエイラが肩をすくめて、大きなため息をついた。
「この似たもの夫婦め。少しは落ち着け。エルフに伝わる薬草を煎じて飲ませた。今は寝室で寝かせている」
「それならよかった……」
エイラの説明に、ダイアナは安堵の息を吐いて椅子に腰を落ち着けた。
「ありがとう、エイラ。クロを助けてくれて」
「かまわん。大事な愛娘が熱を出して倒れたとあれば慌てるのも当然だ」
「発熱の原因は?」
ダイアナの質問にエイラは頭を横に振った。
「原因はわからないが、体内の精霊力が乱れたようだな。プロテクトがかかっているから聖神教の奇跡も無効化される。だから薬を飲ませる必要があったんだ」
「そっか。薬の成分は直接体に届くもんね」
「これを機にダイアナも薬学を学ぶといい。精霊術とて万能ではないのだからな」
「そうね。考えてみる」
エイラの忠告にダイアナは素直に頷いた。
ダイアナは自分の間違いを認めて改善点を洗い出して前に進むことができる、努力型の天才なのだ。我が嫁ながら尊敬に値する。
「フッ。人間という生き物は成長が早いな」
エイラはダイアナを見つめて、澄ました顔で微笑む。
「少し前まで鼻を垂らしながら野原を駆け回っていたと思ったのに、今ではすっかり人妻が板について…………はいないか。だが、まあそれなりに? 雰囲気はあるんじゃないか? ロリっぽさが残る人妻とか私の好物だ。私の嫁になれ、ダイアナ」
「ダイアナもクロも渡さないからな」
息をするように口説いてくるエイラを睨みつつ、ホットの麦茶が入ったカップを渡す。
こいつ、マジで2年前までダイアナに求婚してたからな。俺が結婚すると言ったらさすがに諦めたが。
エイラと出逢ったのは6年前だ。勇者として魔王討伐の冒険を行っていた頃、道案内役として仲間に加わった。
それから行動を共にするようになり、気がつけばパーティーメンバーになっていた。
魔王を退治したあと、エイラは故郷であるエルフの森に帰ったはずだが……。
「どうしてエイラがワッチ村にいるんだ?」
「エルフの女王の特命でな。この地の精霊力の乱れを調査していたんだ」
エイラは麦茶で喉を潤しながら、窓の外に視線を向ける。
すると、そよ風が吹いて羽の生えた小人――風妖精が姿を現した。
「エルフは風妖精の加護を色濃く受けた亜人種だ。その中でも女王は特に強い精霊力を持っていてな。遠方からでも世界の異変を察知できる。ダイアナも異変には気がついてるんじゃないか?」
「ええ。森の奥に今は閉鎖された炭坑があってね……」
エイラの言葉にダイアナが頷き、炭坑跡にある古代遺跡の謎やアースドラゴンとの戦い、そしてクロの素性について説明した。
一通りの説明を受けたエイラは麦茶の入ったカップを置くと、苦笑を浮かべながら俺の顔を見つめた。
「なるほどな。しかし驚いたぞ。調査のため村に辿り着いてみれば、ドラゴンスレイヤーの話題で持ちきりでな。どれ、英雄さまの顔を拝んでやるかと近づいてみれば――」
「商店街で感じた視線の正体はエイラだったのか。知らない仲じゃないだろう。声を掛けてくれればよかったのに」
「阿呆か? そんなことをしたら、クロのエンジェルスマイルを目に焼き付けられないだろう。保護者面した冴えないオッサンが邪魔をするに決まっている」
「おまえのヘンタイ思考のおかげで無駄に警戒をするハメになったじゃないか。どうしてくれる!」
「抜かせ。おまえのことだ。ゴブリンの監視にも気がついていたんだろう。だから、わざわざ一芝居打ってやったんだ。連中をあぶり出すためにな」
エイラの言う通りだ。
俺たちを尾行していたストーカーは二組いた。
一組目はエイラで、もう一組は村人に偽装したゴブリンたちだ。
ゴブリンはエイラの存在にも気がついており、下手に近づけなかったのだろう。
そこでエイラはわざと表に出てきて、俺と喧嘩を始めた。
クロを巡る攻防は本気だったので、ゴブリンたちも戸惑っただろう。
その隙を突いて連中を倒したのだ。
「ゴブリンたちの狙いはクロだ。私の読みが正しければ、近隣一帯の精霊力の乱れの原因もクロにある」
「……どういうこと?」
ダイアナの声のトーンが下がる。
エイラはテーブルに着かず、壁に背を向けたまま続きを話した。
「シズ。ゴブリンが倒されたとき、不自然に泡を吐いて絶命したヤツがいただろう?」
「ああ。理由はよくわからなかったが……」
「それと別のゴブリンがクロを指差して、今際の際にこう言っていた。”ミコさま”、と――――」
「ミコさま……? それってクロの本名か?」
俺の問いかけにエイラではなく、ダイアナが首を横に振った。
「違うわ。神の子供と書いて”神子さま”よ」
「さすがはダイアナだ。私が言わんとすることがわかったようだな」
「わかりたくなったけどね」
「二人だけで納得するな。俺にもわかるように説明しろ」
意味深に頷き合うエイラとダイアナ。
俺がジト目を向けると、ダイアナが説明を始めた。