みんなを笑顔にしたいッス!
ロドウィック宝石店を出たあと、俺たちは市場へ戻ることにした。
裏通りから大通りまで戻ってくると見知った顔が姿を現した。
「シズさん。ダイアナさん。ちーッス!」
「……? チーッス」
ヨシュアくんの独特な言い回しをクロが真似る。
「教育に悪いからやめなさい」
ダイアナはヨシュアくんにジト目を向けて、たしなめた。
俺もヨシュアくんには言いたいことがある。苦笑まじりに話しかけた。
「聞いたよ、ヨシュアくん。俺の噂を広めてるみたいだね」
「噂も何も本当のことじゃないっスか! オレ、感動したッス! 窓際三流ハンターとか言われていたシズさんが、まさかたった一人でアースドラゴンを倒すなんて!」
ヨシュアくんは鼻息を荒くしながら、ズズイと顔を近づけてきた。
「きっと魔王を倒した勇者さまみたいに、超すごい必殺技が使えるに違いないッス! ご教授願うッス!」
「顔が近い」
俺はため息まじりに両手を突き出して、迫り来るヨシュアくんの脂ぎった顔を押しのけた。
「何度も言うけど運がよかっただけだって。必殺技とやらが使えるなら、低ランクのハンターなんてしていない。だろ?」
「それはそうッスけど……」
「シズに教えを請うよりも、地道に槍の腕を鍛えるべきだと思うわよ」
見かねたのだろう。ダイアナが助け船を出してくれた。俺は船に便乗して大きく頷いた。
「その通り。自分を信じて時には周りを頼って、気の合う仲間たちと切磋琢磨するのが、上級ハンターへの近道だ」
「わかりました師匠っ!」
「だから、そういうのはやめてくれっての」
師匠とか柄ではない。子供の相手は好きだが、誰かを導けるほど人間はできていない。
俺が苦笑を浮かると、クロが両腕を広げてヨシュアくんの前に立ちはだかった。
「パパをいじめないで」
「え?」
幼女に因縁を付けられてヨシュアくんが戸惑っている。
若いとはいえ、ヨシュアくんは体格に恵まれている。
クロの倍くらいの背丈があるが、それでもクロはひるまなかった。
「シズさん、どうにかしてほしいッス」
ヨシュアくんも困ったように、俺とダイアナへ視線を投げてきた。俺は苦笑を浮かべてクロの頭を撫でた。
「護ってくれてありがとな。でも、大丈夫。いじめられてるわけじゃない。ヨシュアくんは悪い人じゃないぞ。昨日も会っただろ?」
「でもでも……」
「お兄さんは怖くないッスよ~。そうだ! オレの華麗なる槍さばき見るッスか? てや! はーーっ!」
何を思ったのか、ヨシュアくんはその場で槍を振り回し始めた。
「ぴゃーーーー!」
当然だが、クロは目を丸くして慌てて俺の背中に隠れてしまう。
「やっぱりこわい……」
「あれ? おかしいッスね。喜んでくれると思ったんスけど」
「いきなり槍を振りまわしたら誰だって引くわよ。騎士に通報するレベルだわ」
ダイアナが呆れたようにため息をつくと、クロを抱き寄せて頭を撫でて落ち着かせた。
「クロは誰かが目の前で傷つくのを見るのがダメみたい」
「そうなんスか。申し訳ないッス。驚かせるつもりはなかったんスよ。オレはただ自分の力を見てほしくて」
「チカラ?」
ヨシュアくんの言葉に反応して、クロがきょとんと首を傾げる。
ヨシュアくんは頷き、その場にしゃがみこんで視線を合わせた。
「クロちゃんはシズさんが好きっスか?」
「うん。パパ、優しいから大好き!」
「シズさんが泣いていたら?」
「クロも泣いちゃうかも……」
「そいつはいけないッスね。クロちゃんが泣いてたら、シズさんが余計に悲しむっス」
一歩ずつヨシュアくんに近づいていくクロ。
ヨシュアくんは慎重に槍をかざしてクロに見せた。
「大切な人を泣かせないためにオレは強くなろうと思ったんス。家族や村のみんなを護れるだけのチカラを手に入れるため、日々の訓練を欠かさないようにしてるんス」
「チカラ……? それがあると、みんなを護れるの?」
「そうッスよ。ちょーすげーパワーがあれば、家族や仲間を護れるッス。そうしたら、みんな笑顔になれるッス!」
「みんなが笑顔に……」
「大好きな人には笑っててほしいもんス。クロちゃんも、そうっスよね?」
「うん。パパに笑っててほしい」
「あはは。いい子ッスね」
ヨシュアくんはクロの頭を撫でたあと、拳をグッと握り締めて立ち上がった。
「それならクロちゃんもオレと一緒に強くなるッスよ。シズさんみたいな英雄を目指すんス!」
「えーゆー!」
初めて市場を目撃した時と同じように、クロの目がキラキラと輝く。
「クロもパパの笑顔のためにがんばるっス!」
「その調子っスよ! うおおおぉぉぉっ! やる気がみなぎってきた!」
「うおお~!」
クロはヨシュアくんの真似をして、両手を挙げて可愛い声で叫んでいた。実に微笑ましい光景だ。
「こうしちゃいられません。見廻り行ってくるッス! 最近、不審者が多いみたいなんで」
「くれぐれも無茶はしないようにね。何かあったら人に頼ること」
「わかってます。それじゃあ行ってくるっス!」
「ばいば~い」
オレとダイアナは手を振って、ヨシュアくんを見送った。
気がつけば、クロも笑顔で手を振っていた。
猪突猛進なところはあるが、ヨシュアくんの実力は本物だ。
自分の道を見つけたようだし、もう心配いらないだろう。
遠くなる背中を見送っていると、ダイアナが楽しそうに微笑んだ。
「ヨシュアくん。出会った頃のシズみたいだったわね」
「俺、あそこまで熱血してたか?」
「覚えてない? かなり情熱的だったわよ? みんなの笑顔は俺が守るって、よく口にしてたじゃない。ひたむきで真っ直ぐで。エッチなところもあるけど頼りになって。そういうところに惚れたんだぞ」
「…………あざまーす」
「いま照れたでしょ。このこの~」
そっぽを向いて礼を言うと、ダイアナは笑顔をこぼしながら俺の脇を突いてきた。
「うるさいな。ハグするぞ」
「どうぞ?」
いつものやり取りと逆だ。
恥ずかしくなって意趣返ししてみたが、ダイアナは余裕の表情で両手を広げてきた。
人前だけど本当に抱いちまうぞコノヤロー。
俺が悶々としてると隣に立っていたクロがダイアナに抱きついた。
「ハグハグ~」
「ふふっ。くすぐったいわ。急に甘えてどうしたの?」
「クロ、ママのことも護ってあげるね!」
「ママですって!?」
ダイアナに衝撃が走る! ダイアナは全身を震わせると――
「もう一度、ワタシをママって呼んで!」
「なぁに? ママ?」
「はぁ~~~ん♪」
ついには「はぁ~~ん」とか口走り始めた。
ダイアナは恍惚とした表情を浮かべ、クロを抱き締める。
「なにこの可愛い生き物。スイートプリチーボイスで甘えてくるんですけど。天使かしら? 天使ね? 存在してくれてありがとう! 息をしてるだけでも偉い!」
「ふにゅぅ。頬スリスリしないで。くすぐったいよぉ」
「ふへへ。か~わ~い~い~。もっと意地悪したくにゃっちゃう」
「涎が垂れてるぞダイアナ。口調もおかしい」
だけど、気持ちはわかる。
俺だってクロのエンジェルスマイルにやられて、だらしない笑みを浮かべてしまった。
そうやってダイアナが猫かわいがりしていると、クロのお腹が『くぅぅぅ……』と鳴いた。
「あうぅ……」
クロは慌てたようにお腹を押さえて頬を紅く染めた。
「ふふっ。お腹空いちゃった?」
「今朝は朝飯を食べずに出てきたからな。買い物の前にメシにしよう」
「ごめん。あとはシズに任せるわ」
俺がそう提案すると、ダイアナは申し訳なさそうに謝ってきた。
「遺跡へ向かう前に教会で調べ物をするって言ったでしょ? 教会の書庫なら、村の歴史が記された年代記も保存してあるはずだから」
「それはいいけど食事はどうするんだ?」
「向かう途中で串焼きでも食べるわよ。クロのお世話もよろしくね」
「ママ……」
別れを察したのだろう。クロは不安そうにダイアナを見つめる。
ダイアナは笑顔を浮かべて、クロの頭を撫でた。
「大丈夫よ。すぐに戻るから。それまでパパのことよろしくね」
「クロがパパを護るの?」
「できるかしら?」
「任せて! クロがパパを護る!」
「いい子ね。それじゃあまた後で」
ダイアナはクロに笑顔を向けたあと、教会がある村の北側へと去っていった。
「オーガの居ぬ間に何とやらだ。クロ、パパとデートしようぜ」
「おデート!」
クロをデートに誘うと、可愛い愛娘は諸手を挙げて喜んだ。
クロは素直な子で良い子だ。目に入れても痛くないとはこの事だろう。
けれど、愛しさが増すにつれて寂しさも募る。
俺はクロの親代わりにすぎない。いつか別れなければならないのだ……。