裸とネグリジェとミルクスープ
俺とダイアナは、女の子を連れて家に戻ることにした。
話を聞きつけた織物工房の奥さん方が家に詰めかけ、子供用の着替えや下着、新品のシーツなんかもプレゼントしてくれた。
女の子の身元確認はギルドと教会に任せてある。
ギルドと教会は方々に拠点があり、独自の連絡網がある。
近隣の村から迷子の捜索依頼が出されているかもしれない。
帰宅途中。ヨシュアくんを実家まで届けると、親御さんから謝礼と共に地元の名産【土鬼芋】を大量に貰った。
土鬼芋は土の精霊である土鬼の加護を受けた穀物で、見た目も味もジャガイモに近い。
痩せた土地でも栽培が容易で、煮物にすると甘みが出て美味しい。
蒸すだけで主食になるからと、家庭だけでなく戦場でもよく食べられている。
「チャチャっと晩飯作っちまうか」
マイホームに帰宅後、俺は芋のミルクスープを作ることにした。
台所がある土間へ降りて、メインの食材となる土鬼を鉄鍋に投入。
野菜、ひと口大に切った鶏肉、羊の乳を入れてグツグツと音がするまで煮込む。
ワッチ村の端にある築15年の二階建ての一軒家が、俺とダイアナの愛の巣だ。
小洒落たペンション風の建物で、手狭だが俺は気に入っている。
内装は至ってシンプルだ。
リビングの中央に木製のテーブルセットが置かれており、壁際に食器棚と物置棚がひとつずつ設置してある。
寝室は二階にあり、ベッドはひとつだけ。
台所は各家庭にあるが、井戸と厠は近所と共同で使ってるため野外に設置してある。
竈はあるが暖炉がないので冬場は寒くなるが、ダイアナの使役する火の精霊――火蜥蜴がいれば寒さをしのげる。
「もう少し塩を足すか」
木の匙でミルクスープをすくい、味見をする。
土鬼芋のおかげで甘みが出てる。これなら子供も喜ぶだろう。
鶏肉も羊のミルクもそれなりに値段が張るが、あの子の歓迎会も兼ねているので奮発した。
「この調子だからウチは貧乏なんだよなぁ……」
「やぁ~~~っ!」
「ん……? なんだか騒々しいな」
スープを煮込んでいると、2階から女の子の悲鳴が聞こえてきた。
スープは完成した。竈の火を消してから階段に向かうと――
「パパ~!」
女の子が涙目になりながら俺の胸に飛び込んできた。
しかも、全裸で。
「どうして服を着てないんだっ!?」
「ちょっと待ちなさいっ!」
全裸の幼女を前に慌てふためいていると、ダイアナも二階から降りてきた。
しかも、シースルーのネグリジェ姿で。
「どうしてダイアナまで薄着なんだっ!? 着替えはどうした!?」
「着替えの途中でその子が暴れたのよ。体の汚れを拭こうとしたら嫌がっちゃって」
「ダイアナ、すぐに怒るんだもん。クロ、怖いのや~」
「や~、じゃないでしょ。裸のままだと風邪をひくわ。こっちに来なさい」
「や~! パパ。タスケテ~」
「あっ! コラっ! だから逃げないのっ。もうっ!」
ダイアナと女の子は、俺の周りでドタバタと足音を鳴らして追いかけっこを始めた。
見ようによっては仲の良い(?)姉妹がじゃれ合ってるようにも見える。全裸と半裸だけど。
「クロって? その子の名前か?」
俺の問いかけにダイアナは足を止めずに頷いた。
「名前がないと不便でしょ? だから名前を付けたの。綺麗な黒髪をしてるからクロってね」
「そんな犬の名前を決めるみたいに……」
俺が呆れた表情を浮かべていると、クロと名付けられた少女はニコリと微笑んだ。
「クロ。クロってお名前好きっ! ありがと、ダイアナ!」
「ふふっ。いいのよ。気に入ってくれたようで嬉しいわ」
クロとダイアナはお互いの顔を見つめて微笑み合う。
馬が合わないかと思ったけど、すんなりと打ち解けたようだ。
「大人しく着替えてくれると、もっと嬉しいんだけどな~」
「それはヤー! 意地悪するダイアナ嫌い! おウチに帰って!」
「残念だけど、ここがマイハウスよ。逃げられないのはクロの方なんだから観念してお縄につけい!」
「ヒエー! 騎士さまおじひをーーー!」
「待ちなさーい!」
どこでそんな台詞を覚えたのか、クロは命乞いをしながらダイアナの魔の手から逃れる。
楽しそうで何よりだが、いい加減にしないとスープが冷めてしまう。
俺は目の前を横切ろうとしたクロに手を伸ばすと、そのまま抱き上げた。
「大人しくしないと怖いオーガが悪い子を食べちゃうぞ~。オレサマ、オマエ、マルカジリ」
「きゃっきゃっ!」
顎を突き出してオーガのような形相で睨むと、クロは楽しそうに手を叩いて喜んだ。
そうしてクロと戯れていると、小さなお腹がクゥ~っと鳴いた。
「お腹すいただろ? お着替えが済んだ子からいただきますができるんだ。ダイアナとどっちが早いかな~?」
「クロの方が早いもん!」
「それじゃあ早く着替えてこい。よーいドン」
「ドーン!」
床に降ろして背中を押すと、クロは発射された大砲の弾のように勢いよく駆け出した。あっという間に階段を駆け上っていく。
そんなクロの後ろ姿を見守りながら、ダイアナがため息をついた。
「あの子、どうしてワタシには懐かないのかしら。シズにはベッタリなのに」
「十分懐いてるのは思うけど……まあアレだな。ダイアナをライバル視してるのかもしれない」
「パパを取られるかもって? 出会って半日も経ってないのに? あの子、何様なの?」
「そうやって敵意を剥き出しにするからクロも壁を作ってるんだよ」
「むうぅ! でもでも!」
思い当たる節があるのか、ダイアナは言葉を詰まらせる。
だが、納得はしていないようだ。口を尖らせて抗議の声をあげた。
「ダイアナの気持ちもわかるけどな。それこそパパが取られるかもしれないわけで」
「ワタシは別にそんな……」
「安心しろ。告白した日から想いは変わらない」
俺はダイアナに近寄ると、そっと顎に手を添えた。
「好きだよ。ダイアナ」
「~~~~~~~~~~~~!」
あ、首まで真っ赤になって悶えてる。可愛いなコノヤロウ。
「なによ。さっきはクロのことを護るとか言ってたじゃない。浮気よ浮気」
ダイアナは頬を赤く染めたまま、俺の視線から逃れるように顔を背ける。
俺はダイアナを逃がさないように壁際まで追い詰め、ドンっと腕を突き出した。
「護るべき女の子はこの世にたくさんいるが、愛してるのはおまえだけさ。ドヤァ」
「うぅ……そんな真面目な顔で迫られると反応に困りゅと言うか……」
「噛んだ」
「噛んでない。ハグするわよ」
「どうぞ?」
「……っ! や、やっぱりそういうのは後で! エッチなのはまた明日っ!」
ダイアナは身を屈めて俺の腕をかいくぐると、壁から離れた。
プン、とそっぽを向くけれど耳の裏まで真っ赤になっているのがわかる。
生まれも育ちも関係ない。俺は本気でダイアナを愛していた。
魔王退治に費やした3年の間に心を決め、結婚したあとも想いは変わらない。
魔王を倒したあと、俺は元の世界に戻れなかった。
いや、戻らなかった。
再度転生させるというスクルドの誘いを断り、俺はダイアナとの生活を望んだ。
死ぬまで一緒にいるつもりだけど、時の流れは残酷だ。
別れの時はいつか必ず訪れる。だから今を大切にしたい。
その気持ちはクロに対しても同じで……。
「あの子、いつまで置いておくつもり?」
「記憶が戻るか、親が見つかるまでだ」
「見つからなかったら? 孤児の可能性は高いわよ」
「そのときは最後まで面倒みる。ダイアナだってそのつもりで賛成してくれたんだろ?」
「……そうね」
俺の問いかけにダイアナは言葉を溜めてから頷いた。
「あの子とワタシは似てる。気がついたら周りに誰もいなくて。誰かが傍にいてくれないと、きっと不安で押しつぶされちゃう」
「ダイアナ……」
「ワタシだってあの子の保護者のつもりよ。なれるかどうかは別としてね」
「大丈夫。ダイアナならいい母親になれるさ」
「どうしてそう言い切れるの?」
ダイアナは後ろを振り向いて俺に尋ねてくる。
俺はダイアナの頭をそっと撫でて、歯を見せて笑ってみせた。
「ダイアナは根が優しくて頑張り屋な、俺の自慢の嫁さんだから」
「えへへ♪ それほどでもあるけど~」
ダイアナは子猫のように目を細め、俺に頭を撫でられていた。
クロの頭を撫でまくっていたから嫉妬していたのかもしれない。
「へんしんかんりょー! パパ。ご飯ご飯!」
ダイアナとイチャついていると、寝間着に着替えたクロが二階から降りてきた。元気に俺たちの周りを飛び跳ねる。
「クロに先を越されたな。ダイアナは夕飯お預けだ」
「そんな! 待ってなさい。今すぐドレスに着替えてくるから!」
「急がなくていいよ。クロがパパを独り占めにするから」
「ムキー! パパは誰にも譲らないんだからね!」
「ダイアナまでパパって言うな。背中が痒くなる」
ダイアナは猿のような叫び声をあげながら急いで二階へ向かった。本気でドレスを引っ張りだしてきそうな勢いだ。
「パパ、か……」
いつかダイアナとの間にも子供ができるんだろうか。
子供は授かりモノだ。未来のことは太陽神スクルドにしかわからない。




