幼女拾っちゃいました
女の子を連れて村へ戻る頃には、すっかり日が落ちていた。
村の広場ではヨシュアくんが中心となり、ドラゴン討伐作戦を話し合っていた。
村人の避難は完了しているようで、ギルド所属のハンターや腕に覚えのある狩人が広場に残っていた。
「拳闘士のシズ。恥ずかしながら戻ってまいりました」
「ああ、シズさん! よかった。無事だったんスね!」
「ヨシュアくんも無事なようで何より。村人の避難もご苦労さま。キミも立派なハンターだ」
「そんなことないッスよ。師匠に比べたらオレなんて伝説のロードを走り始めたばかりの期待の新人ッス!」
「あはは。ヨシュアくんは相変わらずだなぁ」
アースドラゴンは脆くなった岩盤が崩れて自滅したと嘘をついた。
俺が仮面の勇者アガートに変身してアースドラゴンを倒した、なんて言っても誰も信じないだろう。
かといって、低クラスハンターである『窓際のシズ』がドラゴンを倒せるとも思えない。
俺の帰還をヨシュアくんやギルドの受付のお姉さん、太鼓腹のおっさんたちが喜んでくれた。
討伐隊に参加しようとした女性ハンター二人組も、驚きと尊敬の眼差しで俺の方を見つめていた。
悪い気分ではないが、これからとても大変な事後処理がある。
俺は頭を掻きながら件の女の子をみんなに紹介した。
「というわけで女の子を拾ってきた」
「どういうわけよっ!?」
さすがのダイアナも女の子を拾ってくるとは予想していなかったのだろう。目を白黒させて驚く。
見つけたとき女の子は全裸だったが、さすがに可哀想なので外套で体を隠している。
「信じて見送った旦那がまさか幼女を拾ってくるなんて。これは事案かしら。騎士さまコイツが犯人です!」
「待て! 事情はいま説明しただろ。アースドラゴンを倒したら遺灰からこの子が姿を現したんだ」
疑いの眼差しを向けてくるダイアナに改めて事情を説明していると、俺達のやり取りを見守っていた女の子が俺の足にしがみついてきた。
「このおねーさん怖い……」
「はぁ!? どうして初対面の子にそんなこと言われないといけないのよ」
「そういうところだぞ」
女の子を紹介したときに、大声で突っ込みを入れたのが悪かったのだろう。
女の子はダイアナの視線から逃げるようにして、俺の背中に身を隠してしまった。
「ダスケテ! オーガが襲ってくる!」
「誰がオーガだ!」
「おー、よしよし。怖かったなぁ。安心しろ。パパが護ってやるからな」
「パパだぁ!?」
頬の口角を下げながらデレデレと女の子の頭を撫でると、ダイアナはヒステリックな叫びをあげた。
頭に血が上っているのか、杖を大きく振りかざして――
「火蜥蜴よ。彼の者を消し炭にせよ!」
「おいこら待てっ! この子を巻き込むつもりか!」
「安心しなさい。その子はワタシが責任をもって育てるわ。狙うのは締まりのない夫の下半身だけ。アナタを葬ってワタシは生きるッ!」
「道連れにすらしない一方的な虐殺だとぅ!? 旦那だけを殺す精霊術かよ!」
ダイアナの目はマジだ。
杖の先に種火を召喚。膨れあがった火炎球を俺に向けて――
「ダメっ!」
俺の後ろに隠れていた女の子が前に出てきた。
小さくて細い両腕を左右に広げて俺を護ろうとする。
「パパをいじめないで!」
「え、えっと……」
「ダイアナの負けだな」
「むむぅぅ……っ!」
幼女相手に火炎球をぶっ放すわけにもいかない。
ダイアナは顔を真っ赤にしながら杖を降ろした。
安全を確認したあと、俺はしゃがみ込んで女の子と目の高さを合わせた。
ゴワゴワと乾燥した真っ黒い髪を優しく撫でる。
「護ってくれてありがとな。けど、おまえを護るのはパパの役目だ。危ない真似はしないこと。いいな?」
「うん! パパの言う通りにするー」
「あはは。いい子だ」
「えへへ~。くすぐったいよぉ」
子犬を可愛がるように頭を撫で回すと、女の子は目を細めて喜んだ。可愛いヤツめ。
「うぅぅぅ。旦那を取られた。これが巷で噂の寝取りというやつね!」
「うん。それは違うぞ」
幼女相手に嫉妬しているのか、ダイアナは杖を力強く握りしめて唸っていた。
争いは同じレベルの者同士でしか発生しないと聞く。
女の子の見た目は7歳前後で、ダイアナは今年で18歳だ。倍近い年齢差があるんだが……。
「失礼します」
俺とダイアナが夫婦間の絆に亀裂を入れていると、シスター・クレアが姿を現した。
アースドラゴンが倒されたと聞いて、他の村人も帰ってきたようだ。
「迷子の少女を保護したとのことですが」
「この子です。どうやら記憶喪失みたいで」
目を覚ました女の子に事情を尋ねてみたのだが、自分の名前すら覚えていなかった。
当然、ドラゴンの腹の中にいた理由や生まれ故郷もわからず、お手上げ状態だった。
ひと通りの説明を受けたシスターは、女の子の額に手を当てると静かに祈りを捧げた。
「じっとしててね」
「うゅ……?」
シスターに額を触れられた女の子は、くすぐったそうに目を瞑る。
シスターは治癒の他にも体内の毒を取り除く解毒、相手の体調や精神状態を調べる感知の加護も使える。
シスターが女の子にかけているのも感知の加護だろう。
しばらくしてシスターは女の子の額から手を離して、残念そうに首を横に振った。
「申し訳ありません。この子の内なるマナがどのような状態なのか、私では感知できません」
「どういうことですか?」
「マナに精神防御系の精霊術がかけられているようです。感知は相手の体内に宿るマナを通じて精神状態を調べるものです。そのマナにプロテクトが掛かっているとなると……」
「病気かどうかもわからないわけですね」
「何かしらのショックで記憶を失っていたとしても、原因がわからなければ対処のしようがありません」
「記憶が戻るまでゆっくりと待つしかない、ってことか……」
「そうなります。幸い、大きなケガもしていないようですから」
「パパ……」
女の子は不安そうに俺の顔を見上げてくる。
どうして、ドラゴンの遺灰の中から姿を現したのか。
ゴブリンたちは遺跡で何をしていたのか。
そもそも、この子は何者なのか。
何もわからないが……。
「ダイアナ」
俺はダイアナに視線を向ける。
ダイアナはため息をつきながら肩をすくめて頷いた。
「ワタシも賛成よ」
「サンキュ」
以心伝心。俺の考えは嫁さんに伝わったようだ。
「孤児院のベッドには空きがあります。よろしければウチでお預かりしますが」
「いいえ。この子はウチで引き取ります」
シスターの申し出を俺は断り、女の子を抱き寄せた。
俺の体にしがみつく女の子の手は、さきほどから震えていた。
記憶を失って不安がっているのに、俺をパパと呼んで頼ってくれている。
誰かを護る理由はそれだけで十分だ。
「よろしいのですか? この子を孤児院に預けるために私が呼ばれたのだと思っていましたが」
「最初はそのつもりだったんですけどね」
「やっ! パパのそばがいい~」
「こんな感じなんで」
女の子は長い黒髪をブンブンと横に振って、俺の足に抱きついてきた。
俺と女の子の仲睦まじい姿を見て、シスターは口元に手を当てて微笑んだ。
「何か困ったことがあれば遠慮なく仰ってください。お力になりますので」
「ありがとうございます」
「あざます!」
俺がシスターに頭を下げると女の子も真似をして頭を下げた。