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幼妻ダイアナちゃんは今日も可愛い

「また地震か。最近多いな……」


 二週間ほど前から、小さな地震が頻発していた。

 俺以外の客は地震に慣れていないのか、テーブルの下に隠れたり、血相を変えて店を飛び出したりと慌てふためいていた。

 一方の俺はあくびをかみ殺して、もう一眠りすることにした。

 体感で揺れの大きさがわかる。地震大国で生まれ育った経験が活きたな。


 やがて揺れが収まり、テーブルの下に身を隠していた女性ハンターが立ち上がった。


「びっくりした。最近、おかしな地震多いわよね」


「命が幾つあっても足りないよ」


 床の上で腰を抜かしていた連れの女の子は、安堵の溜息をつく。

 椅子に座り直して居住まいを正した後、二人して俺の方へ視線を向けてきた。


「見て見て。シズさんったらあの地震でも目を覚まさないなんて。実は大物なのかしら?」


「どうかしらね。噂通りなら冴えないただのボッチハンターよ。誰にもパーティーに誘われないから、いつも一人でお酒を飲んでるのよ」


「どうしてパーティーに誘われないの?」


拳闘士グラップラーとしてのスキルも、ハンターとしてのランクも中途半端だからよ。それに奥さんもいるから」


「あ~、これといった特徴のない既婚のハンターって扱いづらいものね。クエストの途中で死なれたら奥さんに恨まれるもん」


「そうそう。だからいつも子守みたいな低レベルのクエストしか回ってこないのよ。それで付いたあだ名が『窓際のシズ』『パートタイムハンター』『尻に敷かれて三千年』『本年度ああはなりたくない大賞殿堂入り』。それから……」


「もういい。可哀想になってきた」


「…………」


 うん。実は起きてるからバッチリ陰口が聞こえてるんだよね。

 けれど、わざわざ指摘して問題を起こすまでもない。

 しばらく狸寝入りを決めようと、開けていた薄目を閉じる。

 俺が熟睡してると思い込んだのだろう。女の子ハンターたちは会話のトーンを上げた。


「結婚して引退するにしても、やっぱり相手は王都住みのイケメンに限るわよね~。せめて年収は600万ゴールドないと」


「だよね~。あんな冴えないおじさ……まは、あたしたちにはもったいないもんね!」


「だよねだよね! 能ある鷹が爪を隠してる的なシズさんと田舎育ちのあたしたちじゃ釣り合わないわ」


「もう行こうっ。モンスターがあたしたちを呼んでるわ!」


「あれ……?」


 予想外のオチに俺は顔を上げる。

 女の子ハンターは急に話をまとめると、慌てたように店を出て行ってしまった。

 まさか最後の最後で俺の株を持ち上げてくれるとは。

 もしかしてツンデレだったのか?

 シスターともいい雰囲気だったし、いよいよモテ期到来か?


「気分いいから、もう一杯飲んじゃおうかな」


「お待ちどうさま」


「あれ? まだ注文してないんだけど……」


 お酒を頼む前に、テーブルの上にジョッキが置かれた。



 ゴゴゴゴゴ――――



 その時、また床が揺れた。地震だろうか?

 いいや、違う。

 これは――殺気だ。

 ジョッキを運んできたウエイトレス(?)の顔をおそるおそる確認すると――


「ふふふっ。朝っぱらからエールで乾杯とは。いいご身分ね。あ・な・た」


「げぇっ、ダイアナっ!」


 俺が座るテーブルの前に、蜂蜜色の長髪をツインテールにまとめた少女が立っていた。

 年の頃は18で、同年代の村娘と比べて背丈はやや低めだ。

 その割に発育はよく、揉みやすそうなお椀型の胸を張って腕を組んで俺を睨んでいる。

 俺を見つめるその双眸は澄んだ青色をしており、睫毛も長い。

 肌も絹のように白くて綺麗で、ひと目で美少女だとわかる。

 彼女が身につけているのは黒を基調としたワンピースタイプの作業服だった。白い腰布でウエストを締めている。

 ウエイトレスと同じような格好をしているから見間違えたのだろう。


「こっちにも子羊のソテーちょうだい」


 そんな金髪ツインテの美少女――ダイアナは、俺の対面の席に座ると本物のウエイトレスを呼びつけた。

 実に堂々とした振る舞いだ。鈴の音のような凜とした声もよく通っている。

 椅子に座ったあとも背筋がピンと伸びており、育ちの良さがうかがえる。


「それと、()()()()()()()()()()……ミックスジュースもお願いね」


「噛んだな」


「噛んでないわよ。燃やすわよ」


 ダイアナは頬を赤く染めながら、気の強そうな瞳で俺を睨んできた。

 半ギレ状態の照れ顔も可愛い。ウチの嫁は何をしても可愛い。


 ダイアナとは3年前に結婚した。

 そうだ、俺の奥さんだ。マイワイフだ。

 ティアラ・ノーグでは15歳で成人の儀式が行われる。

 成人になれば職業選択の自由と婚姻の自由を認められる。

 だから、当時15歳だったダイアナを妻に迎えても何の問題もないわけだ。

 ダイアナは合法幼妻(おさなづま)なんだ。


「だから頼む! 騎士には通報しないでくれっ!」


「ただのサボりでそこまでしないわよ」


 ダイアナは呆れた表情でため息をつくと、「ん」と短く声を発しながら右の手のひらを差し出してきた。


「握手を求められてるのかな? それとも恋人繋ぎ?」


「どちらも不正解。ワタシが求めてるのは夫の稼ぎよ。愛で世界は救えないけど、お金で家計は救えるわ」


「ですよね……。はい、これが今週分」


 俺は苦笑を浮かべながらダイアナに布袋を手渡した。

 ダイアナは袋を開き、中に入っている銀貨の枚数を数えると――


「先週より稼ぎが少ないんだけど? いくらお腹が空いてても銀貨は食べられないわよ。いますぐ吐き出しなさい」


「俺は何でも飲み込む赤ん坊かっ!」


 絶対こうなると思った。

 俺はギルドの受付カウンターを指し示しながら事情を話した。


「なるほどね。また税金が上がったわけか。国を立て直すにはお金が必要ってのは身に染みてわかってるんだけどね」


 ダイアナはテーブルの上に銀貨を並べると、一枚一枚丁寧に磨いたあと袋にしまった。

 嵐が去ったのを確認して、俺はダイアナが持ってきたおかわりのジョッキに口を付ける。


「おいこれ中身が水じゃねぇか」


「酔い覚ましにちょうどいいでしょ? 水だってタダじゃないんだから、しっかりと味わいなさい」


 ダイアナはウインクを浮かべ、銀貨が詰まった布袋を懐にしまった。

 文字通り、我が家の財布はダイアナに握られている。

 女の子ハンターが逃げ出したのは、旦那の悪口を話してる最中に嫁の姿が見えたからだろう。

 ダイアナは美少女精霊術士(エレメンタラー)としてだけではなく、鬼嫁としても有名だからな。


「どうしてワタシの顔を見てニヤニヤしてるのよ」


「ウチの嫁は今日も可愛いなと思って。そのふくれっ面を酒の肴にしてました」


「そう? 見るだけならタダだから好きにすれば?」


「あざーす」


「ポーズとかいる?」


「そういうのはいらない。素顔のキミが一番さ★」


「え~? そうかな~? 照れるにゃー」


 ダイアナの百面相を拝むため、わざと歯の浮くような台詞を言ってみた。

 ダイアナはまんまと釣られて、顎を撫でられた子猫のように目を細めて笑顔を浮かべた。

 ウチの嫁は相変わらずチョロい。チョロ可愛い。

 そうしてダイアナを肴に水を飲んでいると、ウエイトレスが注文の品を運んできた。


「お待たせしました。子羊のソテーと三種のベリーのミックス()()()()()になります」


「ワタシのことバカにしてるでしょ!? ムキー!」


「ムキーって口に出すヤツ、世界中探してもおまえくらいなものだよ……」


「えへへ。褒められちった♪」


「褒めてないぞ!?」


「あはは。ごゆっくり~」


 ウエイトレスも俺とダイアナの夫婦漫才には慣れたもので、生暖かい笑みを浮かべて厨房に戻っていった。



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