新たな旅立ち……え? 求婚!?
フェンリルとの戦いから二週間後、俺は馬車に乗って王都を出た。
爽やかな春の陽気の中、一人で御者台に腰掛けながら、澄みきった青空を見上げる。
魔王軍幹部による王城襲撃は、パヴァロフの諸侯に大きな衝撃と動揺を与えた。
国の護りを固めても、寝首を掻かれたら意味がない。
これには保守派貴族も高速掌返し。
領民からも『今すぐ軍を派遣して魔王を討つべきだ』という気運が高まり、王は世論に押される形で開戦を宣言した。
一方で、魔王軍にも動きがあった。
魔王軍も奇襲作戦を開戦の狼煙とするつもりだったようで、根城とする西の島からモンスターの大軍が大陸に押し寄せてきた。
出鼻はくじかれたものの、行軍は止まらない。
大量のモンスターがパヴァロフ領内に侵入。
海岸沿いにある港町が墜ちた、との報せも入った。
そんな中、正式に勇者として認められた俺は(後で知らされたが、保守派貴族の策略で軟禁状態にあったらしい)、必要な装備を渡されたあと王都を旅立つこととなった。
勇者の存在は、魔王軍にとって脅威になり得る。
暗殺担当の幹部を送り込んできたのがその証拠。
幸い、魔王軍側で俺の顔を知ってるヤツはいない。
唯一の目撃者である狼男たちは倒された。
勇者が召喚された、という事実だけが広まっている。
その状況を逆手に取り、王国側で代理勇者を立てて戦場に派遣。
影武者率いる”勇者軍”が魔王軍の侵攻を食い止めているうちに、本物の勇者である俺が単独で魔王城へ攻め入って親玉を倒してこい……というのが王様の命令だった。
つまるところ『召喚勇者による魔王暗殺計画』だった。
やってることは、フェンリルを送り込んできた魔王と何ら変わりはない。
「当事者になってわかったが、勇者って都合のいい存在なんだな……」
異世界から呼び出したから、命を散らしても嘆き悲しむ者はいない。
身元が不明だから、家族に賠償金を支払う義務もない。
しかも、よくわからない超人パワーを持っている。
暗殺者として長い期間をかけて育てる必要もない。
実にインスタントでリーズナブル。なんて使い勝手のいい駒だろう。
「転生先でも、ブラックな社会の歯車として働かされるとはな」
だけど、悪いことばかりではない。
旅の最中、事情を知る一部の人間に勲章を見せれば、宿代や飲食費がタダになる。
それに魔王を討伐したら俺に爵位をくれるそうだ。
貴族の暮らしに興味はないが、金だけ受け取って田舎で暮らすのも悪くない。
貴族の中には俺を危険視する連中も多いから、何だかんだ理由を付けて、無報酬で外に追い出される可能性もあるが……。
「できれば、おっぱいの大きなお嫁さんも迎えたいなぁ」
未来のことはわからない。けれど、願うだけならタダだ。
スクルドが約束を果たしてくれる気があるなら、俺の願いはきっと叶うだろう。
人間、明確な夢や目標があれば、どこだって頑張れる。なんだってやれる。
「元気ですかー! ってな」
俺は大物プロレスラーの真似をしながら、小麦パンのサンドイッチで小腹を満たす。
サンドイッチは王都を出発する前に見知らぬ婆さんから手渡された。
王城に勤める衛兵の母親とかで、命の恩人として感謝された。
人に感謝されるのは悪い気分じゃない。
俺が戦うことで護れる笑顔がある。
世界を救う理由なんて、そんな単純なことでいいと思う。
「ダイアナは怒ってるだろうなぁ……」
ダイアナには、出発の日取りを伝えていなかった。
伝えれば、必ず旅についてくるだろう。
王様もダイアナの性格は把握しており、衛兵によって彼女の部屋の出入り口を固めていた。
ダイアナの軟禁は彼女の兄で、王位継承権を持つ第4王子の命令でもあった。
身内を護ろうとするのは当然のことだ。可哀想だが仕方ない。
仕方ないのだが――――
――――ガタガタガタ。
「なんだ? 荷台から物音がする」
荷台に積んであるのは、食料や着替えのみ。
生き物を載せた記憶はない。
街道は整備されており、落石に車輪が取られたわけでもない。
「まさか…………」
俺は妙な胸騒ぎを覚えて馬車を止めた。
俺の悪い予感は当たるんだ。
御者台から降りて、荷台を確認すると――
「あれ? もう止まった。休憩時間かしら」
荷台に積んであったワラ袋の中から、聞き覚えのある女の子の声が聞こえてきた。
ワラ袋には食料が入っていたはずだが……。
「喋るワラ袋とは面妖な。モンスターかな? 危険が危ないからこの辺に捨てるか」
「わー! 待って待って! せめて中身を確認してっ!」
ワラ袋を担いで外に放り投げようとしたら、ワラ袋に擬態したモンスターが暴れ出した。
仕方ないので地面に降ろして、口を縛っていた紐を解く。すると――
「ぷは~っ! ジャバの空気は美味しいわ!」
袋の中から、金髪少女がこんにちは。
ダイアナはワラ袋を脱ぎ捨て、肺一杯に空気を吸い込んだ。
「密航って思っていた以上に大変なのね。息が苦しくて死ぬかと思った。けど、これでまんまと城を抜け出せたわ。さすがはワタシ。杖は……あったあった」
ダイアナは荷台に乗り込み、突っ張り棒を取り外した。愛用の杖を荷物に紛れ込ませていたようだ。
「お待たせ。準備完了よ。旅の続きといきましょう!」
「ツッコミどころが多すぎて追いつかないんだが……」
俺は半ば諦めながらダイアナに問いかける。
「念のために訊くぞ。どうしてダイアナがここにいるんだ」
「愚問ね。魔王を倒して、ワタシの力を世に知らしめるためよ!」
「ですよね……」
ダイアナは薄い胸を張って、堂々と言い放った。
髪に藁がからまっているのが見ていて笑いを誘う。
状況的にはまったく笑えないんだが……。
「言いたいことはわかるわ。でも、聞いてほしいの」
目の前で溜息をつく俺の心情を察したのだろう。
ダイアナはググっと身を乗り出して、説得にかかった。
「魔王城は元々はワタシの居城よ。王家の人間だけが知ってる秘密の抜け道を使えば、無駄な戦闘を避けられるわ。それからそれから――――」
「あ~、はいはい。わかったわかった」
「ようやくわかってくれた?」
「言っても聞かないことがな。それと……」
俺はそこでダイアナに向かって頭を下げた。
「正直、おまえの力を見くびっていた。すまん」
俺の謝罪の言葉に、ダイアナはきょとんとした表情を浮かべて自分の顔を指差した。
「それってつまり、ワタシの実力を認めたってこと?」
「そういうことだ。俺は脳筋だからダイアナがサポートに回ってくれるとすごく助かる。だから……」
「ふふ~ん? だから何なのかしら? 口にしないと伝わらないわよ」
勝利を確信したのか、ダイアナはニマニマと口元を歪めて俺の言葉を待つ。
年下に舐められるのは屈辱的だが、舐めていたのは俺の方だ。ここは男らしく負けを認めよう。
「ダイアナ。俺と(魔王討伐に)付き合ってくれ!」
俺は叫び、もう一度頭を下げた。
未来の大賢者、5大精霊を同時に操る天才精霊術士に向かって。
「…………」
「あれ? どうした。急に黙って」
ダイアナの様子がおかしい。
俺は下げた頭を上げて、ダイアナの様子を窺う。
ダイアナは耳まで真っ赤にしていて――
「ままままさか、このタイミングで求婚してくるなんて! 勇者さまって見かけによらず大胆なのね!」
「求婚?」
「だけどあと3年! 成人の儀式まで待って! そうしたら結婚でも何でもしてあげるから。でもでも、エッチなのはダメだからね。そういうのは体も大人になってからね。それまで女を磨いておくから!」
「待て待て待て。どうしてそこで結婚って話が出てくるんだ?」
斜め上の展開に、俺は混乱しながらダイアナに問いかける。
ダイアナは困ったように眉をひそめながら、けれど嬉しそうに頬を緩めながら笑った。
「『俺と付き合え』って言ったでしょ? 王族であるワタシに交際を申し込んだってことは覚悟が完了してるってことだもんね。ワタシとしても勇者さまならありかなって。えへっ♪」
「違うぞ!? 付き合えってのは、一緒に魔王を倒そうって話だ」
「そんな照れることないのに。ワタシたち相思相愛じゃない。これから先も上手くやっていけるわ」
ダイアナはニコニコと笑ったまま、馬車の御者台に乗り込んだ。
「勇者さまのこと、これからはシズって呼ぶわね。下の名前で呼び合った方が仲良くなれるものね」
「人の話を聞けっ!」
「さっきからうるさいわね。なによ。ワタシと付き合うのは嫌なの?」
「そ、それは……」
「あ~、口ごもった。ぷぷっ。口では嫌がっても心は正直みたいね。素直になりなさい」
「う、うるさいなっ。馬車から降ろすぞ」
「きゃー! それはカンベンして。城から抜け出すの大変だったんだから」
「はぁ……。やれやれだ。これも女神から課された試練のひとつなのかね」
俺は溜息をつきながら御者台に上り、ダイアナの隣に座る。
ダイアナは俺の肩に身を寄せたあと、眼前に広がる大草原を眺めて不敵に笑う。
「西から良い風が吹いてるわ。ワタシたちの新しい門出を祝いつつ。しゅっぱーつ!」
「へいへい。お代はラブで結構ですよ」
強引に居座られたにも関わらず、嫌な気分ではなかった。
むしろ、嬉しい。隣にぬくもりがあると落ち着く。
孤独な旅路になるかと思ったが、ダイアナとなら楽しい時間を過ごせそうだ。
以上、旅立ち編でした。
次回からは6年後、魔王討伐後のお話になります。
以降の更新は1日1回になると思います。
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