97「元勇者候補たちと“本物の勇者”役の人」
俺たちは、川沿いに隠されていた秘密――ただしムニスにはバレバレ――の地下道を進んでいた。
先頭は魔結晶を齧りながら指先に魔法の光を灯したムニスだ。複雑な地下迷宮じみた、やや下り坂の通路をすいすいと迷いなく進んでいく。俺にはこの道順か正しいのかどうかさえ判断できないが、ムニスの先導を疑う余地は皆無だ。
「秘匿されとるから見張りもおらぬ。楽ちんじゃの」
「うーん。さすぜん」
「主殿よ、ソレ最近よく言っておるが、気に入っとるのかの?」
「流行らせようと思って」
「他に誰が使うのかの?」
「フェイとか?」
「む、フェイ。使うのかの?」
「お、俺ですか? そんな滅相も無いですムニス様」
「じゃろうの」
絶賛敵地潜入中とは思えない緩さである。
結構な距離を進んだころ、
「さて、そろそろかの」
ムニスは指先の魔法の光を蝋燭でも消すような仕草で解除。
声をひそめて、
「この先には見張りがおるのでな。フェイ、速やかに無力化してくるがよい」
「やっと出番ですな。お任せを」
角を曲がるとやたらと広い空間に出た。
等間隔に明かりが付けられており、空間の中央部にはなんかよくわからん円柱状の柱のようなものが立っている。
柱の下の方、丁度腰高くらいに棒が等間隔に突き出しており、その棒を「どれいのふく」だけを装備した男たちが押していた。だけじゃねえな。首輪もつけられている。
……この人たち、もと勇者候補かなんかだよなあ。
聖剣――神剣が抜けなかった人たちが送り込まれるのがここなわけね。柱を回してなんの意味があるのかわからんけど、一歩間違えば俺がここにいたわけだ。
それにしても元勇者候補たちが強制労働させられている現場はなかなかエグい絵面ではある。
柱の周囲にはお約束のように鞭を持った見張りが二名。思ったよりも少ない。
「タクシ、近くの一人は任せた。遠い方は俺がやる。ムニス様はここで少々お待ちを」
と、フェイが言う。
「了解」
「うむ」
行動開始だ。
俺は明かりの少ない空間の影から影へとするする移動し、見張りの真後ろに張り付いた。一方のフェイは足音を立てない獣のような動きで死角をつき、いとも簡単に奥の方まで移動を完了させた。
タイミングを合わせて二人同時に見張りを昏倒させ、そいつらが持っていた鞭で手足を拘束した。その後、順に元勇者候補たちの首輪を外してやる。
「そこの奥の通路から外に出れる。迷わないように地面に目印つけてあるから、さっさと故郷に帰えんな」
というフェイの言葉にむせび泣く元勇者候補たち。
そんな彼らに俺は、
「故郷にもどって聖王宮の悪行をありのまま伝えてくれると大変ありがたい」
というお願いをしておいた。
そんなこと頼まなくとも人の口には戸は立てられないのだから、大聖宮の評判は今後ガタ落ちになることだろう。後々交渉事が一層捗ることになるに違いない。ククク。ざまあ。
悪い顔で笑っていると、元勇者候補のひとりが怪訝そうに尋ねてきた。
「あんたら一体何者なんだ?」
「えーと、どうやら勇者らしいですよ?」
「主殿、そこは自信を持って名乗らんものかの」
「あいた」
小突かれてしまった。
そんなこんなで脱兎の如く逃げ出す元勇者候補たちを横目に、俺たちも行動再開である。
柱の動きを止めてしまったんで、侵入されたことに気付くヤツもいるだろう。
オースが大暴れしていてそれどころではないかも知れんが、
「急ぐにこしたことはないよな」
以下、次回! そろそろあの女とご対面だろうか。会いに来たけど会いたくない。




