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96「アホの子、無人の野を往くが如し」


「フェイさん、槍借りていきますね! はい、ありがとうございます! たぶん返せないと思いますけど! じゃ、いってきまーす!」

「たのんだぞー」


 ホントに緊張感ないよなオース。

 ついこっちまで緩んだ態度で送り出してしまった。


「槍を返せない、ってのはここを死地と定めてるってことなのか? だったら俺も行った方が……」


 とかフェイが言い出したので、


「いや、そんな殊勝な話じゃなくて、そもそも返す気がないだけだと思うぞ。借りパク宣言だろ」

「そうじゃの」


 聖王宮までまっすぐ伸びた道にその身を晒したオースは、担いだ槍を物凄い速さで器用にひゅんひゅんと回し、びしっと構えを取った。が、特に意味は無い。たぶんやりたかっただけだろう。

 そして、


「えいやっ!」


 オースは手にした槍をオーバースローでぶん投げた。

 人智を超えた速度で飛ぶ槍は市壁の一部に突き刺さった。

 直後、その衝撃で壁の一部をあり得ない範囲で破壊する。


「ほらな、返す気つもりないだろ?」

「なんですかいありゃあ」


 フェイが大口開けて飽きれている。

 神剣の片割れなんでこれくらいはやってしまうのである。

 壁の内側から、


「敵襲! 敵襲だ!」


 報告というか悲鳴が聞こえてくる。

 そして、閉ざされた門の上、守備隊の弓兵が矢が雨のように浴びせてくる。


「ふんふふーん♪」

 

 オースはいつもの調子で歩いている。聖王宮への道は一本道、壁の周りには広く深い堀が巡らせてあるため、正門の前の橋を渡るしかない。軽い足取りで前進しながら、自分に当たりそうな矢だけを全て手刀で弾いていく。非常識なヤツである。


「休む暇を与えるな!」

「撃て撃てェ!」


 守備隊の絶叫が戦場を彩った。なお、オースの方は鼻歌混じり。

 どうやら休む暇がないのは向こうみたいだ。



 オースの非常識ぶりに対応を迫られた守備隊は次の一手を打った。

 大聖宮の市壁の門が僅かに開き、姿を現したのは重装歩兵の一団。

 全身鎧(フルプレート)に大楯で守りを固めている。武器は槍、剣、モーニングスターなど物騒極まりない。


 出てきた数はざっと百人くらい。

 三人一組で縦隊を組んでいる。

 門の前の橋にびっちり並び、隙間は一切ない。 

 矢が効かないなら直接攻撃で、という魂胆だろう。


 だが、まことに遺憾ながら火に油を注いだだけだった。 


「あはははっ!」


 ぎらりと丸く目を光らせ、口をぱかりと三日月の形に歪め、オースは一団に向かい跳躍した。

 身を潜めていた俺の横でムニスが言う。


「不憫じゃの」

「オースが? まあ、頭がちょっとかわいそうなとこあるよな」

「いや、相手方がの」

「あぁ、そっちね」


 オースは最前列の三人の同時攻撃をぬるりと躱し、手近な一人の懐に飛び込んだ。


「ふっ」


 オースにしては珍しく腰を入れた掌底を鎧の上から叩きつける。

 が、鎧には無傷。

 代わりに響いた鈍い衝撃音と共に打たれた兵士が崩れ落ちた。


「えっ」


 何アレ。どうしてダメージ入ってんの?

鎧透(よろいとお)しという技じゃの。あの阿呆はそんなこと知らずに使っておろうがの」

「うへえ」


 オースの動きは止まらない。

 倒れた兵士の背を踏み台に、隣のやつの肩、その後ろのヤツの頭を蹴り昇って進んでいく。重装備の歩兵は肩や頭を足場にされるだけで何の対応もできないでいた。

 あっという間に最後尾までたどり着き、


「せいっ! たあっ! とおっ!」


 最後尾三名それぞれの背中に鎧透しを叩き込んだようだ。

 バランスを崩し前のめりに倒れる兵士たち。その前にいる兵士が押されて倒れる。さらに前の兵士もといった具合に、さながらドミノ倒しのように重装備の歩兵全員が転倒した。起き上がろうにも後ろの兵士が重いわ邪魔だわで起き上がれない。


「ごめんねー」


 オースは笑顔で謝りながら、最後尾の三人の膝関節をへし折った。鬼か。

 だが、これで事実上誰も立ち上がれない。

 完全に無力化した。


「さーて、と」


 オースは左手で右肩を揉みながら右腕をぐるぐる回し門に近づいていく。

 こじ開けるつもりだろう。

 守備隊の慌てる声はいや増すばかり。

 これ以上見ててもしょうがないし、この混乱に乗じて俺たちも行くとしよう。


「ムニス、オマエの妹怖すぎるわ。笑いながら人の骨折るなよ」

「くふふ。馬鹿は怖いもの知らずじゃからの。要は使いようじゃの」


 訂正、ムニス(オマエ)が一番怖い。



 以下、次回! オースが引き付けてる間に俺たちも行動開始だ。

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