92「どこかで聞いた覚えのあるセリフ」
――出発の朝。
日々刻々と姿を変えていく中央自治区の街並みを眺める俺に、ムニスが問うてくる。
「タクシよ、どうしたのじゃ? しんみりした顔をして」
「この景色も見納めかもなー、と思ってな。大聖宮まで行ってメンヘラ女をぶちのめして生きて帰ってこれるとは思えんしな」
「そうですねー!」
俺の弱気発言を肯定してきたのはオースである。
「オマエね、そういう時は『絶対生きて帰りましょう!』とか言えや」
「そっちの方がフラグっぽくないです? そもそも、東の小国連合は西側のある程度の小国はご主人様のけーざいせーさい? を恐れて中立を保つっぽいですけど、大聖宮までの途上にある半分以上が敵の支配域ですよ? なのにこっちは三人きり。無理ゲーですよ?」
オースめ、いつの間にか俺のよく使う言葉を覚えてやがる。フラグとか無理ゲーとか。しかも、
「たまに長台詞喋ったと思ったらムニスみたいなこと言いやがって……。オース、気乗りしないんならついてこなくてもいいんだぞ?」
「え? 行きますよ? お姉様がいるところが私のいるところですから!」
「あーそうかい」
実際助かる。こいつは一騎当千の猛者だからな。いるといないじゃ全然違う。
「その話、俺も一枚噛ませてもらえんかね?」
聞き覚えのある野太い声。
振り返ると思った通りの男がいた。
「フェイ! オマエ、なんでいるんだよ……」
「野生の勘、ってやつでさあ。これから一戦おっぱじめるんだろ? お供させてもらいたい」
死にたがりの馬鹿が。
俺は溜息を深くついた。
完全武装の剣闘士スタイルのフェイはデカイ皮袋を肩に下げていた。
武器も大剣やら長槍やら投げナイフやら、やる気満々である。
俺は軽いめまいを覚えつつ、
「あのなー、何のためにオマエに闘技場を任せたと思ってるんだ? 剣闘士のことを何から何まで知ってるオマエだからこそ、あそこを誰にとってもいい場所にしてくれると思ったんだぞ」
と言った。
フェイは鋭い犬歯を剥き出しにして笑う。
「有難いお言葉ですがね、どうも俺には経営は向いとりませんわ。算術とか、ガキに混じって教わっとるんですよ、この俺が」
確かにその絵面はちょっと面白いな。想像してしまってちょっと吹いた。
「それに、目端の利く仲間を置いて来とります。闘技場の運営に支障はありませんぜ。だからタクシ、俺もアンタの戦いに加えてくれ。恩人を黙って死地に往かせるわけにはいかねえ!」
「気持ちはありがたいんだけどさ」
フェイを連れてはいけない。
「これは、神託の巫女との戦いは、正義のためでもないし、ましてや勇者としての役割でもない。単なる私怨だ。俺個人の復讐なんだ。だからさ、俺に付き合ったりなんかしたら獣人という種族全体に迷惑をかけちゃうよ……。それはよくない、だろ?」
「……損得じゃねえんだよ」
どっかで聞いた言葉だな。あー、俺か。俺が言ったなコレ。
「俺は、俺たちはタクシのことが好きなんで。だから横に並んで戦いたい。それだけなんだよ」
俺じゃあ説得は無理か。神剣の言うことなら聞くかも、と思って、
「ムニス、なんとか言ってやってくれ。思いとどまるように」
「男の決断に水を差すのは無粋じゃから何も言えぬよ、とだけ言っておこうかの」
「言ってるじゃねーか!」
これ以上押し問答してても時間の無駄だな。
「生きて帰れる可能性は滅茶苦茶低いぞ」
「俺は嫁さん候補を置いてきてるんでさあ。だから絶対生きて帰りますぜ」
フェイ、オマエ一級フラグ建築士かよ……。
それはそれとして、
「相手ってもしかしてシーファンさん?」
「でへへへ」
「じゃ、絶対死ぬなよ。これは命令だ」
「承知!」
以下、次回! 三人旅が四人旅になったな。有難いけど複雑な気分である。




