89「クソ馬鹿貴族様vs貧民街のならず者」
右足に枷と鎖をつけられているせいで歩き方がおかしなことになっている獣人の女の子に案内されて、応接室のような部屋に通された。
調度品はおそらく高級なものなんだろう。手が込んだ装飾のついたソファやら恐ろしく精緻な刺繍のカーペットやらまあ、おいくら万円するのかわかったもんではない。ただ、なんというか派手なばかりで統一感が無い。
端的に言うと、
「下品じゃの」
「だよな」
「御主人様ー! この実用性のカケラもない装飾華美な甲冑殴ってみていいですか? いいですよね!」
「駄目に決まってんだろ馬鹿。オマエはおとなしく座っとけオース!」
「はぁーい……」
――それからどれだけ待っただろうか。
昼には屋敷についていたのだが、もう日が傾きかけている。要するに夕方だ。
「呼びつけといてこの扱いはどういうこった」
「焦らし戦法というやつかの? 悠久の時を生きる我には無駄じゃが、定命の存在である人間には効果覿面のようじゃの、主殿?」
「ぐぬぬ」
ムニスの言う通りだ。こんな些細な嫌がらせでイラついても仕方ない。
「お茶もお菓子も出ないんですかねー?」
と、オースがソファに座って足をバタつかせながら唇を尖らせていた。
「オマエはほんとにどこにいてもブレないな」
「ありがとうございます!」
「褒めてねーよ」
そもそも敵地で出された茶なんか怖くて飲めねえよ。オースやムニスには効かないかも知れんが、俺は毒で死ぬ。フツーに死ぬ。
待たされていることやお茶のことよりも気になっていることがある。
この部屋の隅に、案内してくれた獣人の女の子が黙って立っている。
ずっとだ。
ただ、ずっと立っている。
直立不動で、両手をお腹の前で重ねてメイドらしい待機の姿勢を保っている。
ふらつきかけては気を取り直し姿勢を戻す、といったことを何度も繰り返しているので、座らないかと椅子を勧めたり、楽な姿勢でいいと言ったりしたのだが、固辞されてしまった。
曰く、「これがわたしのしごとです」だそうだ。
日が沈みきってしまう手前、黄昏時をやや過ぎた頃になってようやく、応接室のドアが開いた。
「待たせたな。私がルイス・ファーミルトン男爵である」
若い男だった。俺よりは年上だろうが、歳は三十になっていないだろう。家督を継いでそれほど経ってないのか? どんな食生活をしているのかはその姿を見れば一目瞭然、体のあちこちにしっかりと脂肪を蓄えていた。
その丸い手に握られているのは、鎖だった。
女の子の足に繋がれていたのと同じ鎖、その先には首輪のついた獣人の女性が付き従っていた。
「どうも、はじめまして。中央自治区の代表タクシ・ワタラセと申します」
という俺の挨拶をガン無視して、ルイス男爵は、俺の連れふたりに舐めまわすような視線を向けた。
「貧民街の代表である貴様はさておき、傍付きの娘と幼女はなかなかの美形だな。幾らで買い取れる?」
はは、ははは。
こいつ半殺しな。決定。俺が決めた。今決めた。
「悪いんですが、仲間を金で売るつもりは毛頭ございませんので。悪しからず。今日はそんな話をしにきたわけではないでしょう?」
「はっ、仲間。仲間ときたか。まあいい。早速本題に入ろうか。おい」
「はい」
傍に控えていた獣人の女性が四つん這いになると、ルイス男爵はその背中に容赦なく腰を下ろした。
「あっ」
「椅子が喋るな!」
「……」
「なかなかいいご趣味をなさっておられる」
俺は平静を装いつつ最低限の苦言を呈すと、ルイス男爵は露骨に顔を顰めた。
「フン、臣下でもないならず者風情が貴族に諫言かね? 世が世ならそっ首切り落とされているぞ?」
「それは失礼を」
「そもそもこれらは私が買った私の奴隷だ。どのように扱おうと貴様にとやかく言われる筋合いはない」
「仰る通りですね。ただ、そういった考えでお話するのでしたら、私ども中央自治区がファーミルトン公国に嗜好品の販売をしないのも自由、ということですよねえ」
「……貴様!」
お、キレてるキレてる。
けど悪いな。
俺はこの屋敷に来た時からずっと不機嫌継続中なんだわ。
「まあ落ち着けよ男爵。今日は交渉するんだろ? あ?」
「貧民街の浮浪者風情が、貴族になんという口の利き方だ!」
「知るか。黙れ馬ァ鹿。嗜好品差し止めどころか中央自治区への商人の出入り全部止めるぞコラ」
「貴様ぁ!」
怒り心頭のルイス男爵が立ち上がった。
が、遅い。
傍に立っていたオースが人間では見失うほどの速度で動いた。壁に飾られていた長剣を回収して戻ってくるなり、ルイス男爵の首筋にその切っ先を突き付けていた。
「御主人様への暴行はー、認められませんよー」
「くっ……」
オースかっけえ! オマエ、やればできる子なんだな!
以下、次回! いよいよ交渉の時間だ。




