88「再訪、少女、枷と鎖」
中央自治区が嗜好品の流通を差し止めたことについての抗議とのことで。
そのことについて説明に来い、ということだそうだ。
ご丁寧にその抗議文書が入っていた封筒にはファーミルトン公国の君主、ファーミルトン男爵の家紋で封蝋が施されていた。
「タクシ殿、いかがいたしますか?」
「行くよ。ご招待されたからには行かないと失礼だろ。今度も俺とムニスが行く。あとオースを連れて行くよ、念のため」
「俺も行こう」
とフェイが手を挙げてくれるが、
「いや、いいよ。フェイは留守を守っていてくれ」
奴隷制度の件もあるし、フェイを連れて行くのはあまりよくない気がする。勿論、それは口にはしないが。
「私どもでバックアップをするのはどうですか」
と言うのはグレッグだった。
確かに後方支援はあってもいいな。
「そうだな。念のため、退路の確保を頼めるかな?」
「承知しました」
「ファーミルトン公国内の魔獣退治の依頼についてはどう対応しますか?」
「市壁の外はかなり無防備な感じだったから、そういう駆除やら退治やらの依頼はきちんと対応してくれ。貴族がらみのは放置でいい。案件ごとの判断はカーティスの裁量に任せるから」
「了解した」
他のメンツと色々やってるとフェイは不満顔。
「どうしたフェイよ。そんなあからさまな不満顔をしおって。獣人の頭領が情けない」
「ムニス様、しかし、皆役割が与えられているのに俺だけ留守番役というのは納得しかねます」
神剣にまで抗議するとはよっぽどだな。
どうしたもんかね、と思っていると、
「くふふ。ならば我が仕事をくれてやろうかの。家を建てよ。おぬしらの住処の近くに空き地があったであろ。あの辺りに、大至急じゃ」
「ムニス様がお住まいになられるので?」
「くふ、まあそんなところかの。――タクシと我が戻るまでに屋根くらいは出来上がっとるように頼むぞ?」
「はっ、確かに承りました、ムニス様!」
ファーミルトン公国、二度目の訪問である。
今回も昼前に着いた。前回との違いはオースが居ること、ファーミルトン公からの手紙を持っていることの二点くらいだ。
門番には家紋の封蝋付きの封筒を見せびらかすと、
「通ってよし……」
と言ってバツの悪そうな顔をしていた。けっ。
市壁の中はまあ普通の街並みという感じだが、壁外の田舎暮らしに比べれば随分と華やかに見える。都会的、とでもいうのか。
ただ、街路沿いの一部の商店は開いていなかった。
「あれは高級酒店かなんかかね」
「店が閉まっとるのは主殿のせいじゃの」
「御主人様最悪ですね!」
「がはは! すまんすまん!」
そんなに悪いとは思ってないが。
んで、街の中心部に周囲に堀を廻らせた豪奢な屋敷があった。
あれが公の屋敷だろうな。
一箇所だけにかけられた石橋を渡る際、堀を覗き込んでみた。かなり深く掘ってあるようだ。
「うっわ、底が見えないですけど」
「この屋敷を建てた者の用心深さが伺えるのぅ」
「なんか魚とかいませんかねえ?」
「いねえよ! あと飛び込もうとすんなオース!」
「えぇー」
えぇー、じゃねえんだわ。
オースの馬鹿はさておき、市壁だけかと思ったが、居城――城ではないが――もがっちり固めてやがる。その割に門番の練度はどうかと思うレベルだった。どうにもちぐはぐな印象だ。なんなんだろうかこの違和感は。
橋を渡り切った先に構えられた門は開かれており、門の前に獣人の姿があった。
女の子だ。
メイド服らしき恰好をしたまだ年若い、というか幼い女の子だ。
見た目で言えばムニスよりまだ年下に見える。
食事が悪いのか手足は棒のように細く、見るからに痩せている。
「い、いらっしゃいませおきゃくさま」
「こんにちは」
俺は努めて優しい表情と声で少女に接した。
「ファーミルトン公からお手紙を頂いて、面会の機会を頂いたものです」
「ぞ、ぞんじております。ごあんないします、どうぞこちらへ」
そう言って女の子が歩き出した時だった。
じゃらり
という音が聞こえた。音は足元からだった。鎖の鳴る音、か?
よく見れば女の子の右足には鉄の枷が嵌められており、そこから鎖が伸びていた。鎖の先は何処かに繋ぐための錠がご丁寧にくっつけられていた。
「……っ!」
奴隷扱いか。
こんな小さい子を。いや、年齢は関係ない。ふざけやがって。
「タクシよ」
ムニスが俺を宥めるように手で背中を撫でてくる。
わかってる。大丈夫だ。
俺は深く息を吸い込み、吐いた。
「平常心だろ。平常心」
「……うむ。わかっておるなら良いがの」
以下、次回! くそったれ。クズだなファーミルトン公。




