86「拙者、門前払いされ侍に候」
街路を歩いていると、道の両脇の荒れ地が徐々に農地に変わり、少しずつ民家や牧場も見えてきた。ファーミルトン公国の領主の支配地域に入ったということだろう。
まだ先の方だが、高い市壁に囲まれた都市部も見えてきている。
「昼前には着きそうだな」
「何事もなければ日帰りできそうじゃの。何事もなければ、じゃが」
ムニスさん、フラグ立てるのやめてもらえませんかね!
周囲ののどかな風景は元の世界のじーちゃんの家を彷彿させる。
「結構なド田舎だな」
「地方貴族の所領などこんなもんじゃろ」
「コレを国って言うのはちょっと違和感あるんだが」
まあ、公国っていうのは貴族イコール君主のはずだから合ってはいるのか、一応。
ムニスとお喋りしているうちに公国の中心市街(?)に到着。
周囲はぐるりと壁に囲まれている。
コレは中世の都市国家みたいな感じなのだろうかね。
正門は開かれていて、門番らしき兵士が槍を杖代わりに突っ立っている。欠伸したな、今。うーん練度低そう。
会釈をして通過しようとすると、
「おい、そこの兄ちゃんと嬢ちゃんちょっと待て」
横柄な態度で槍を向けてきやがった。仕事する気はあったのか。へえ。
それにしたって善良な一般人に穂先を向けてきますかね、キミ。
とはいえ門番の兵士に呼び止められた以上は仕方ない。
「何でしょうか?」
「見ない顔だな? この先はファーミルトン公の屋敷があるんでな。素通りさせるわけにはいかねーんだ」
「左様でしたかー。失礼しました」
俺はへこへことへりくだった態度で頭を下げた。アンド揉み手。
「はじめまして。わたくし、中央自治区の代表でタクシと申します。この度、行政府を設立しましてそのご挨拶に参りました。ご領主様にお取次ぎ願いたく――」
という俺の言葉は途中で遮られた。
「ハッ、貧民街の代表様だあ? 帰れ帰れ」
ああん? 今なんつったコラてめえ!
と言いそうになったが、ムニスが俺の袖を引っ張ってくれたおかげでなんとか飲み込んだ。
そう、喧嘩しに来たんじゃない。商談しに来たんだ俺は。
かろうじて怒りを腹に収めて、もう一度頭を下げた。
「どうにか、お取次ぎお願いできませんでしょうか?」
「帰れっつってんだろ! 耳腐ってんのか!?」
「……」
「……タクシ、落ち着くのじゃ」
「ありがとムニス、大丈夫だ。今めっちゃ頭スッキリしてるから」
怒りが上限超えると頭が冴えるんだな。はは、知らなかったな。ははは。
「オーケー、分かった。今日の所は引き下がらせてもらう。その代わりアンタ、あとでどんだけ処分されても知らんからな」
「けっ、言ってやがれ」
背を向けて立ち去る俺とムニスに向かって、兵士はペッと唾を吐いてきやがった。
以下、次回! 絶対許さん! 中央自治区を侮辱したのが一番ムカつくわ!




