85「勇者は悪いことを考えているようです」
翌朝、俺とムニスは行政府に顔を出して、ベネディクトとグレッグから情報を聞き出しつつ幾つか指示を出しておいた。それから近隣の小国――ハミルトン公国とやらに貿易交渉に行く旨を告げた。
「私も同行いたしましょうか?」
とベネディクトが申し出てくれたが、
「荒事になったら危険だからな。俺とムニスだけでいい。留守は任せるからよろしく頼むよ」
「畏まりました」
「御主人様! カチコミですか!? 私もついて行っていいですよね!」
朝からテンション外角高めなのはオースだ。
相変わらず馬鹿である。ムニスの吐く溜息も深いのもむべなるかな。
「カチコミじゃねえよ。交渉だよ。つーかオマエ、昨日何処で寝泊まりしてたんだよ」
「行政府の屋上ですけど?」
不思議そうな顔すんな。ですけど、じゃねえよ。
「なんでまたそんなけったいなところで」
「空が綺麗に見えるんですよー」
「ああ、そう」
もうこれ以上深く追求するのはやめよう……。
「とにかく、今回は交渉で戦闘はないから、オースは今日のところは闘技場で遊んどけ。相手にケガさせたり殺したりしなければ三十戦までならやっていいから」
「ほんとですか!? わーい! やったー!」
闘技会でもない通常営業のメンツじゃあフェイくらいしかオースを止められるヤツがいないだろうなあ。まあいいか。オースに賭けてもオッズは1.1倍未満とかだろうし。
「よいのか主殿」
「何が?」
「フェイは今日は自警団の方の警邏任務に駆り出されておるのじゃぞ」
げっ。
知らんかった。
「マジすか」
「大マジじゃの」
今更やっぱ駄目っていうのもなあ。なんか小躍りしてはしゃいでるしなあ。
しゃーない。今日はオース無双の日ってことで! ま、ケガさすなって言ってあるし、他に変なことされるよりはマシと思うことにしよう。
……対戦相手の剣闘士の皆さん、申し訳ない。
俺は心の中で合掌した。
とまあそんなわけで、俺とムニスは出発した。
目指すは中央自治区から最寄りの、ファーミルトン公国である。
理由はウチから近いからってだけじゃない。
近いからこその理由もあるのだ。
「ベネディクトの調べじゃ食糧やら魔結晶やら生活必需品の取引の他にも、酒や高級茶葉とかの嗜好品の取扱い額がかなりあるらしい。取引のために中央自治区に出入りしている東側の商人は結構な数がいるのも確認済みだ」
「ふむ」
「なので、中央自治区経由の商取引に関税をガッツリかけてもいいんですよ、って話を行政府設立の挨拶を兼ねてこれからしに行くって寸法です」
「極悪人じゃの」
ムニスは率直な感想を述べた。
うん、俺もそう思う。
「やや迂遠ではあるが兵糧攻めのようなものじゃの。悪いことばかり考えるのぅ。それでは民衆の支持は得られんぞ、タクシよ」
諫言、痛み入ります。
「わかってるよ。だから生活必需品については今まで通りのお取引で。嗜好品――つまり富裕層の懐から金を巻き上げる」
「ふむ、ならば良いか。それにしても――」
ムニスはわざとらしく溜息をひとつ。
「――ひどい勇者がいたものじゃの」
俺も好きで勇者になったわけじゃないので。人選ミスとしか言いようがなよなあ。
「ま、俺の考えに賛同してくれれば同盟国としていい待遇で取引するよ?」
「タクシの考え?」
「奴隷の解放」
これは絶対だ。
「今向かってるファーミルトン公国は獣人を奴隷として扱っているって話だ。グレッグの調べだから確度はかなり高い」
「やれやれ。これはひと悶着ありそうじゃの」
以下、次回! やっぱりオースも連れてくれば良かったか?




