７６「自警団」
「あのー、とりあえず皆顔上げて立ち上がってもらえないすか？」
「いえ！ このままで御沙汰を待たせていただきたく！」
「この状態で話なんかできるわけないでしょうに」
「我々は勇者様の言葉を待つのみです」
あー、もう！
「じゃあそのままでいいわ」
もういい。俺が座ればいいだけだ。
あまり衛生的ではない床にどっかりと腰を降ろし胡坐をかいた。
「これで目線は合うよな。立たなくていいから、せめて顔上げてください。顔見て話をしよう」
獣人たちの幾人かが顔を上げてくれる。
それは全員に伝播し、一番最後にフェイが顔を上げた。
「タクシ様……」
「様とかは要らない。タクシって呼んでくれればいい」
「そういうわけには」
「いかない理由は何なのか教えてくれ、フェイ」
俺はさん付けをやめた。
「勇者様を呼び捨てにするなど……」
「俺が勇者だから特別扱いするって？ それは今まで人間が獣人だからって奴隷にしたのと似たようなもんだと思うけど？」
ちょっと無理があるな。自分で言ってそう思う。
けど、屁理屈でもなんでもいい。彼らには対等でいてもらわないと困る。
俺とだけじゃなく、全ての人間と。
「だからさ、肩書とかは気にせずにいこう。そりゃ最低限の礼儀は必要だと思うけどさ」
「わかりまし……わかった、タクシ」
「オーケー。じゃあこれからの話をしよう。アンタたちはもう奴隷じゃない。もう自由の身だ。でも、ちょこっとだけ俺の手伝いをしてもらいたいんだ。どうかな？」
「詳しい話を聞かせて欲しい」
奴隷剣闘士の問題だけは俺の手でケリをつけておきたいのだ。
「手伝って欲しいことっていうのは、この街に作る自警団で働いてくれないかってことなんだけど、どう？」
「あの！ よろしいでしょうか？」
後ろの方にいた年若い獣人が手を挙げた。
「はいよ、なんでも訊いて」
「ジケイダンとはどういった仕事なのでしょうか？ あの、僕は物心ついた頃から奴隷剣闘士で、よくわからないんです」
「うん。質問してくれてありがとう」
と俺が言うと彼ははにかんだ表情を見せてくれた。見た目すごい華奢な子だけどよく今まで五体満足でやってこれたな、とか思ってしまった。
で、肝心の質問は、仕事内容についてか。
俺は頭の中でなるべくわかりやすい言葉を選んで喋ってみた。
「自警団っていうのは街の治安維持をする仕事だ。悪いことをしてる奴やしようとしてる奴がいないか、街を巡回――警邏っていうんだけど――したり、街の出入り口で変なヤツが入ってこないかチェックしたりとか。まあ、たまーに暴力沙汰になることもあると思う。それでも闘技場で斬った張ったをしてるよりはいいんじゃないかな。これで説明になってるかな？」
「はい！ ありがとうございますタクシ様！」
「様はやめてくれ。頼むから」
「タクシ……さん」
まあ、「さん」くらいならいいか。
「あ、そうそう。これは強制じゃないからな。よかったらウチで働いてください、っていうお願いだから。そこんとこ勘違いしないように。剣闘士になる前に仕事をしたことがある人もいると思う。何かやりたい仕事があれば個別に話を聞く用意があるから、遠慮せずに言ってくれ。仕事をはじめるにあたっての支援はきちんとすることを俺とムニスの名のもとに約束する」
おおう。何人か涙ぐんでる人いるんですけど。
嬉し泣きなんだろうけど困ったな、と思って横のムニスに助けを請う視線をおくると、すまし顔でスルーされた。おい、口の端が笑ってんぞオマエ。
以下、次回！ 仕事の次は住むところ、かな。
