70「この手が血に塗れようとも」
今の俺の目にはスローモーションにしか見えない斬撃を半身で躱し、オズワルドとすれ違う。すれ違いざま、隙だらけかつ贅肉だらけの脇腹に膝を叩き込む。
「ぐはっ」
殺すのはいつでもできる。
すぐには殺さないけどな。
せいぜい絶望の中で一縷の希望を夢見ているがいい。
四つん這いで喘ぐオズワルドを蹴り飛ばし、地面に這いつくばらせる。武器を持つ手の甲を踏みつけて、おまけに地面を転がる顔面に爪先を叩き込む。吹き出す鼻血、そして涙と涎。それらを手で拭って、まだ立ちあがってくる。
立たなければ死ぬのが、殺されるのがわかっているから。
長剣の一撃が、まぐれだろうがなんだろうが当たりさえすれば一発逆転の目がある。だから立ってくる。
「うおおおおっ!」
懲りずに上段からの斬撃。
もういいか。
終わらせてやる。
俺は斬撃の内側に踏み込んだ。「切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ」ってやつだ。引けば斬られるが、一歩踏み込めば斬撃は当たらない。踏み込む勇気と技術があるかどうか。それだけの問題だ。俺はオズワルドの懐に難なく飛び込み、両の小剣を交差させ、×の字に腹を切り裂いた。
血が噴き出すより疾く横に飛びのく。
腹が裂け、血と内臓が噴き出すのと絶叫が上がるのが同時。その声も狂乱の大歓声に掻き消される。飛び出たはらわたを元に戻そうとするオズワルドの姿は滑稽だった。
切腹というのは大変な苦痛を伴うらしい。だから傍で介錯人が首を落としてくれるのだ。武士の情けというやつなのかは知らないが。今もオズワルドの隙だらけの頸椎に一撃を入れればそれで終わらせてやることはできるが、
「楽には死なせん。ゆっくりと絶望を噛みしめながらこれまでの全てに詫びて逝け」
オズワルドはしばらく闘技場をのたうちまわり、死んだ。
俺は、この日はじめて、人を斬った。他の誰でもない俺自身の意志で。
勝利の余韻に浸る暇も、人殺しの興奮を冷ます時間も今は無い。
俺は次の行動に移らなくてはいけなかった。
急ぎ、闘技場の特別席に戻る。
商工ギルド会、ギルド長ベネディクト。
暗殺者ギルド、ギルド長グレッグ。
冒険者ギルド、ギルド長は、えーと誰だっけ?
「カーティス殿じゃよ、主殿」
ムニスが小声で教えてくれた。
助かるわー。
「戻ったぜ。今日から俺が闘技場の主、大会組織委員会会長だ。異論は?」
「ありません」
「同意します」
「ないな」
ギルド長がそれぞれ頷く。
だから俺は宣言した。
「よし、じゃあこれからの話をしよう。これからの中央自治区の在り方についてな。まず第一に――」
誰かの喉がごくり、と鳴った。
「――全てのギルドを解体する」
「「「は!?」」」
以下、次回! あ、ハモった。
次回から第六章です。よろしくお願いいたします。




