69「あの時から、ずっと決めていたこと」
奴隷剣闘士がひしめき合う、衛生管理の全くなされていない闘技場の控室。
俺は小剣の状態を確認しながら待っていると、
『えー突然ですが、これより特別試合を開催します!』
拡声魔法で闘技場内に響くこの声はオースのものだ。
『大会組織委員会の会長オズワルド氏自らの登場です! 対するは住所不定身元不詳の流れ者、タクシ!』
あー、オズワルドっていうのなあのデブ。
それにしてもノリノリだなオースのヤツ。
『なお、この試合の勝者が大会組織委員会会長に就任するという条件が付いています。実質一対一の賭けですが、観客の皆様には外ウマに乗っていただきたいと思います! 今のところオッズはタクシ選手の方が二倍、オズワルド氏が五倍、といったところです!』
盛り上がる客席。
『この特別試合の勝敗はいずれかの死によって決定されます。降参は認められません!』
更に沸く会場。うーん、クズしかいねえな。
人の生き死にを見て喜ぶクズか。
これは何が悪いんだ? 社会? 風土? 人間の性質?
何にしろこれについてはおいおい改善するしかねえな。
「まあいいや。今は会長の座を貰うことに集中しないとな」
「おい、人間」
「んあ?」
振り返ると獣人の男達――奴隷剣闘士達がこちらを見ていた。
その中で最も体格のいい一人が前に出てきた。あ、この獣人、闘技会の予選会で見たな。鬼みたいに強かった、あの獣人だ。
「俺はフェイという、見ての通り奴隷剣闘士だ」
「俺はタクシだ。よろしくフェイさん」
「これは一体どういうことだ?」
「どうもこうも。オズワルドをぶっ殺して俺がココを手に入れるのさ」
「……手に入れてどうする?」
口を開いたのフェイの牙が薄暗い控室でギラリと煌めいた。
そんな風に威圧してくるってことはそれだけ人間にひどい目に遭わされてきた、ってことか。根深いね、こりゃ。
「とりあえず人殺しのショーは無くす。奴隷剣闘士も解放する。後のことそれから考えるよ」
俺が笑ってそう言うと、フェイは目を見開いた。牙剥いていた口も半開きになっている。
「タクシと言ったか……、お前は何者なのだ?」
「神剣に選ばれた勇者だよ」
俺は数多の奴隷剣闘士が進んだ通路を往く。
壁や足元の踏み固められた土に黒々とした染みが点々としている。血塗れになってもこの通路を戻って来れれば御の字か。片道だけで、死んだ者もいただろう。
実際に俺も見た。
通路を抜け闘技場に出てみると、観客席から見た時よりも随分広く感じた。まあ、広いだけで逃げ場はどこにもないわけだが。
ややあって反対側の入り口からオズワルドが姿を現した。
距離を取って向かい合う俺とオズワルド。
そして、特別試合の開始を告げる銅鑼が鳴る。
俺は二振りの小剣を逆手に持って棒立ち。
対するオズワルドは長剣を両手で構えていた。やや腰が引けている。
命のやり取りを強制させられているのだから当然といえば当然か。
――だがお前はそれを鼻歌混じりにやらせてきたんだぞ?
俺は構えも取らずただ真っすぐにオズワルドに向かって歩いていく。
オズワルドが剣を大きく振りかぶった。
集中している俺にはスローモーションのように見える。うるさかった歓声も聞こえないほどに戦闘に没入している。上段からの斬撃。来る。来た。思ったよりも太刀筋はまともだ。剣術を齧っていたのかもしれない。
だがその程度だ。
今の俺はあの時とは違う。
何もできずに「前座特別試合」とやらから目を逸らしたあの時とは。
以下、次回!




