68「闘技場の“今”に終止符を」
宿のベッドの上、俺は浜辺に打ち上げられたクラゲのようにぐったりしていた。
仰向けでぼんやり天井をぼんやり眺めている。天井のシミを数えたりしながら。
ベットの端にちょこんと腰掛けたムニスが半目で、
「見事にだらけておるの」
と呆れ半分いたわり半分で声をかけてくる。
「何もせんで良いのかの?」
「んー」
俺は、今は良いかな。
「まあね。グレッグとベネディクトのオッサン連中に仕事頼んでるから、それが終わらないと次の動きが取れないんだよね」
「次とはなんじゃの?」
「ムニスなら分かるだろ。闘技場だよ。――大会組織委員会を潰す」
「……そうかの」
「現状の闘技場は駄目だ。胸糞悪い。奴隷剣闘士って身分も気に入らないし、それを見て喜んでる連中も吐き気がする。命までは取らない興行だったら俺も納得できるけどな」
「どうやって潰すのじゃ?」
「前にムニスが教えてくれた自治区を仕切る連中のうち半分は俺の手駒になった。あいつらには冒険者ギルドのギルド長を説得してもらってる。――これでお偉いさんの四分の三がこっち側だ。組織委員会の会長の椅子は俺が貰う。奴隷剣闘士を解放するんだ」
「タクシよ」
「どうよ? 勇者っぽいだろ?」
へらっと笑って言うと、ムニスは泣き笑いのような顔をした。
「どちらかというと魔王の手管のようじゃの」
「ひどくね!?」
「くふ、冗談じゃよ。気を悪くするでないわ」
「わかってる。気にしてねえよ」
ムニスは俺から顔を背けて俯いた。
しばしの時の後、聞こえるか聞こえないかくらいの声で、
「…………ありがとう、我が主よ」
と言った。
「ん」
俺は天井のシミを数える作業に戻った。
暗殺者ギルド、商工ギルド会、冒険者ギルドの長が揃って闘技場を訪れたせいで、大会組織委員会はちょっとした騒ぎになっていた。俺とオースは護衛、ムニスは長の親戚の子ということで紛れ込んでいる。
わざわざ会長サマが出迎えてくれた。いつかの闘技会の日にみた、ハゲデブ野郎だ。
「おやおや、皆さん今日はお揃いで何事ですかな? ひとまず特別席にご案内しましょう」
特別席は観客席の最上段の個室だった。
密会には丁度よさそうだ。
「護衛の方々はドアの前で待機を」
誰が護衛だ。
「せいっ!」
「ふがっ!?」
俺は会長のケツに蹴りを食らわせ特別席に転がして入れた。
そのまま俺も入室する。勿論、ムニスとオースも一緒だ。
「貴様! 何をする!」
「黙れ」
俺は会長に小剣を突き付けた。
「これはどういうことですかな皆さん!」
「俺は黙れと言ったぞ」
小剣を振る。
頬につ、と線が走り一瞬後で血が垂れる。
「ひいいっ」
「もう一度言う。黙れ」
会長は大慌てで両手で口を押えた。
そうだ、それでいい。
ようやく俺の本気が分かってもらえたようだ。やれやれ。
「今日来たのは他でもない会長、アンタを罷免するためだ」
俺は小剣を突き付けたまま告げる。
会長はギルド長の面々に助けを求めるような視線を送った。が、誰一人目を合わせようとする者などいない。
「アンタの味方はいないぜ」
俺の言葉に、ようやく会長は俺に向きなおった。
人間怒りが沸点に達するとこんな顔すんのね。勉強になるわ。
「何か言いたそうだな。喋っていいぞ」
俺が許可すると、
「こんな理不尽がまかり通ってたまるか!」
と吠えた。
「理不尽。理不尽ときたか」
笑ってしまった。不覚にも。
新手のジョークかよ。
「今まで散々他者に理不尽を強いてきたオマエが言えたセリフじゃないな」
このまま刺すか。
いや、
「まあいい」
そんなことで済ませるつもりは俺には元々無いのだ。
「じゃあ、ひとつ賭けをしよう。これから一試合行う。それに勝てばアンタは引き続き会長だ。負ければアンタは罷免、俺が会長になる」
「いいだろう。次の試合だな」
会長は頷いた。
よし。承諾したな。
「ギルド長の皆さん、聞いたな? 彼は勝負を受諾した」
三人が頷いた。
俺は告げる。
「ああ、特別試合だ」
「特別試合?」
会長の顔色が変わる。けどもう遅いぜ。
「ああ、俺とアンタの生死を賭けた勝負だ」
以下、次回! さあ試合――いや、死合いの時間だ。




