53「自称女神と勇者役の口約束」
「では、もっと悪い方のお知らせを伝えますね」
「これっぽっちも聞きたくねえが、言えよ。それを伝えに来たんだろ」
「亡くなったメンヘラ女さんがこの世界に転生しました」
「は?」
「亡くなったメンヘラ女さんがこの世界に転生しました」
淡々と、同じセリフを繰り返された。
「ああ、正確には転移、ですね」
そんなことはどうでもいい。
今なんて言った?
あのメンヘラがこの世界に、居るだと?
「おいクソ女神。転生はオマエの仕業か?」
「あらこわい。違いますよ。私による転生ではありません」
この発言の真偽は測れない。誰もヤツの仕業でないことを証明できない。
ちらりとムニスを見やるが、ムニスも首を横に振った。
いくら全知でも埒外の存在や空間のことまでは分からんよな。
まあいい。
俺はムニスの手を握り直し、
「メンヘラ女の居場所を教えろ」
「お教えしたら、どうなさるおつもりですか?」
「あの女をぶちのめす」
「無理だと思いますよ。今のあなたでは」
「何故そう言える」
「あのメンヘラさん、大聖宮にて神託の巫女として崇められていますよ、今。一方あなたは大聖宮の勢力圏では手配がかけられてますよね。それも多額の賞金付きで」
「…………」
「我が主よ、勇気と無謀は」
「ああ、わかってる。わかってるよムニス」
頭ではわかってる。わかってるんだ。
「さて、ここであなたに改めてお願いです。この歪んだ世界を救ってください。人と魔が相争い、それ以外の種が虐げられるこの世界を」
ようやく本題か。
俺がこの世界に転生された理由。
俺が今の今までずっと避けていた勇者としての使命。
「誰がここまで歪めたんだろうな?」
「さて?」
「まあいい、口車に乗ってやる。オマエのお望み通り勇者を演じてやる」
「素直ですね。大変宜しいかと思います」
「ただし報酬を寄越せ」
「いいですよ。世界を正した暁には、なんでもひとつあなたの望みを叶えましょう。たとえば元の世界に帰ることもできます」
「俺のことはどうでもいい」
今更戻る意味はない。
俺の望みはひとつだけだ。
「真那の命を救え。ついでに俺とメンヘラ女に関する記憶を真那から消すんだ」
「それではふたつの願いではないですか?」
「ひとつだ。真那を救え。体も、心も」
「まあ良いでしょう。女神の名においてお約束します」
「この約束、違えた際には神剣ムニスは神殺しの剣になるからの」
ムニスが言質を取りにかかってくれる。ありがたい。
「ふふ、随分気に入られているのですね勇者さん。あ、そうそう。聖剣の台座に残されていたはずの剣先ですが、随分前から行方不明だそうです。聖剣泥棒の仕業ともっぱらの評判ですよ」
西にずっと移動してる俺が盗みに入れるわけはないんだが、大聖宮の連中にはそんな言い訳通じないだろうな。
「まあ、そっちはどうでもいい。どうせ手配されてる身だからな」
「そうですか」
「そんなことより、約束だ。何があっても守れよ」
「あなたがこの世界を正すことができれば、必ず」
「わかった」
「では、私はこれで。次にお会いするのは世界を正した時か死んだ時か。楽しみにお待ちしていますね」
そう言い残し、自称女神は一瞬で姿を消した。
俺が膝から崩れ落ちて床に激突するのを、寸前でムニスが支えてくれた。
両手両膝を床に着き体勢を維持した。めまいがする。客間の絨毯の模様が、気のせいかあのメンヘラ女の顔に見えてくるほどに。
「俺があの時もっとちゃんとしてれば真那は、真那のやつは……」
くそっ。
全部俺のせいだ。
俺がもっと注意深ければ。
俺がもっと防犯対策をしていれば。
俺がもっと強ければ。
俺が殺されていなければ。
今更どうしようもない。後悔ばかりが頭の中をぐるぐる駆け巡る。
「……ろしてやる」
俺は、俺の中にはじめて芽生えた感情をついに言葉にして吐き出した。
以下、次回! 世界は救うしかない。だがメンヘラ女のことは別件だ。




