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34「涙」


 馬車にて街路を往く。

 がたがた揺れるし、荷馬車なので座り心地もよくない。

 でも歩きに比べれば遥かに楽だ。


「いやー、助かるわー。めっちゃ楽だわー」

「愚者に楽をさせると怠惰に落ちる、か。我もひとつ学びを得たの」


 御者台にちょこんと座っているムニスの毒舌が飛んでくる。


「空き時間に何をするか、何ができるかで先々が変わってくるからの。後悔は後で悔やむから後悔と言う」

「ぐぬぬ」

「ムニス嬢は手厳しいな」


 御者台で手綱を捌くレンドルフは朗らかに笑っている。


「これくらいは言ってやらんとの。主殿には響きはせん」

「打てば響くだけマシなのでは?」

「くふ、それもそうかの。割れた鐘は打っても響かんからの」

「オマエら、なんで俺の悪口言う時そんなに楽しそうなわけ?」


 二人は応えず笑うだけ。

 えーいちくしょう!

 これ以上言われるのも癪に障るので俺は腹筋運動をはじめた。

 ふんふんふんふん!


「やれやれじゃの。時にレンドルフ殿、ルッヘンバッハという家名からすると貴族の家柄とお見受けするが、何故行商人の真似事をしておられるのかの?」

「ムニス殿の博識ぶりには舌を巻くばかりだな」

「くふ。まあの。我は何でも知っておるからの」

「しかし、我が家がしがない貧乏貴族だとはご存じないようだ」

「ふむ?」

「私はそこの三男坊です。自分の食い扶持くらいは稼がねば穀潰しになってしまう」

「真面目じゃの、レンドルフ殿は。主殿にも見習わせたいところじゃの」


 ムニスが荷台へと振り返り、腹筋からの腕立て、プランクをこなしてぜーはー言ってる俺を見て、


「気色悪い呼吸なぞしおって。主殿は変質者かの」


 ひどい罵倒をしてきやがった。筋トレしたらこうなるやろがい。





 それから馬車で数日進んだ。

 野宿、野宿、更に野宿。

 一応、街道沿いに宿屋はちょこちょこあったんだけど、人間はお断りだそうで。


 朝っぱら、俺は出発の準備をしながら、


「レンドルフには迷惑かけてるよな。わざわざ一緒に野宿しなくてもいいんだぜ」

「馬鹿を言うな。恩人を野宿させて自分だけ宿屋でぬくぬくなどできるか」

「ほんっとに生真面目だな、レンドルフ」

「性分だ」


 などとやりあっていると、


「くふふ」


 ムニスが不意に笑いだした。


「ムニス、そうやっていきなり笑い出す癖、やめた方がいいぞ。若干怖い」

「主殿はすぐそういうつまらんことを言う癖を慎むべきじゃの」


 俺とムニスが火花を散らす間で、


「ムニス嬢は何が可笑しかったのだ?」


 レンドルフが問うた。

 ムニスは僅かに考えながら、


「いやなに、人間と魔族が仲良く話している様を見ていたら、つい、の」


 そこまで言った時、目から涙の粒が零れて落ちていた。


「お? なんじゃ?」


 ポロポロと零れる自分の涙を不思議そうに、そして不器用に手で拭う。


「ムニス!」


 俺は駆け寄り、膝をついてその華奢な体を抱きしめた。


「タクシ。我は……」

「いいよ。大丈夫だ。そりゃ嬉し涙ってやつだ」


 異種族が仲良くしてるを見て、前の主――獣人の彼のことを想ったんだろうな、と勝手に俺はそう解釈した。実際どうかは知らん。どうでもいい。


「そう……なのか、の?」


 ムニスが首を傾げるのを見て、俺は溜息をひとつ。


「オマエ知らないことばっかだよな。全知のくせに」

「ふん、ここぞとばかりに馬鹿にしおって」

「日頃のお返しだ。俺の胸で泣いとけ」

「ならば遠慮なく甘えるとするかの」


 そんな俺たちを、馬鹿にするでもなく呆れるでもなくレンドルフは黙って見守ってくれていた。やっぱりこいつ、良い奴だな。



 以下、次回! レンドルフの実家にお邪魔します!

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