24「強さにもいろんな種類がある、ってコト」
えー、予選第四組既にはじまってるんですけども、
「ムニス、あの女の子なんで素手なん? 武器ありですよねこの闘技会」
長身の女の子が素手で自分よりもデカい男どもをばったばったとなぎ倒している。
一撃必倒。
顎、こめかみ、腎臓、金的。
とにかく人体の急所を的確に掌打で打ち抜き続けている。
金的でも全く躊躇いなかったので、観客席の男は全員もれなく股間がひゅっ、ってなったことだろう。俺もなった。
「……徒手空拳を旨とする流儀なのじゃろ」
「でも、拳法使いにしちゃ歩法がまるでなってないぞ。俺でもわかるくらい素人臭い動きだ」
ただ歩いている感じ。
その代わりに攻撃力は圧倒的。
相手の動きを「雑」としか表現のできない動きでかわしカウンターを的確に急所に叩き込む。どうやったらあんなアンバランスな技術が身に付くんだ? さっきのドラコノース三刀流の洗練された動きとは大違いだ。
それでも勝つ。
圧倒的に。
強さはひとつじゃない。異なる山の頂点をずっと見せられ続けている気分になった。
ところで、
「あれ、なんて流派?」
「知らぬ」
いや、知らぬってオマエ全知じゃん。
「知らぬ。いや、分からぬ」
「ムニスにもそういうことがあるのね。ま、いいか。調子悪いんだったら言えよ。もう半分見たし、帰ってもいいんだから」
隣の席のムニスはぽすっと俺の腕に頭を預けてきた。
「別に調子は悪くないのじゃがの。まっこと甘いの、我が主殿は」
「ん。そっか。だったら良かったわ。マジで」
とりあえず頭ポンポンしてやっといた。
続く予選第五組には奴隷剣闘士がひとり混ざっていた。
他の連中とは異なり、装備の類はみすぼらしい。
繰り返し修繕された使い古しの部分鎧、年季の入った分厚い両手剣。
ただしそれを身に着けた男の迫力は群を抜いていた。猫科の動物の耳が生えていることから獣人と分かるが、体格は明らかに猫の獣人とは一線を画している。
「あれは虎かの」
「めっちゃ強そうなんスけど」
「そうじゃの。主殿にもわかるくらいの圧を放っておるの」
「なんであんなすごいのが奴隷やってんの?」
「それは知らんの」
またその答えかい。
やっぱどっか調子悪いのかね。いや、でも大丈夫って言ってたしなあ。
などと俺が考えているうちに開戦の銅鑼が鳴った。
と、同時。
その銅鑼の音を遥かに凌駕する咆哮が奴隷剣闘士の獣人から放たれた。
戦場の叫び。
観客を含めた全員が一瞬身を竦めた。
その一瞬が全てを決した。
俺の、全知によって最適化された視野は辛うじて彼の動きを追うことができていた。疾風が駆け抜け、その後血煙が舞う。闘士たちが我に返った時には既に手遅れだった。獣人の男は構えを取ろうとする剣士に向かって跳躍。人間ではありえない距離をひと跳びで埋め、剣士の右腕を噛み切った。腕の肉を腱ごと食いちぎられた剣士は武器を取り落とす。獣人の男はそれを確認する事すらせず、肉を吐き捨て次の獲物を狙っていた。
野生による蹂躙は彼以外に立つ者がいなくなるまで続いたのだった。
予選第六組は突出した闘技者がいなくてぐちゃぐちゃの混戦になった。
その分、観客は大熱狂。
泥仕合な分、賭けたリターンもデカくなるんだろう。たぶん。
そんな中、ひとりの男の動きが気になった。
「ムニス。あのあっちこっちチョロチョロして人の邪魔してるオッサン、何?」
「ほう。主殿も多少目端が利くようになったの」
「褒めてるつもりかソレ」
「うむ、一応じゃがの」
「あーそう。ならいいけど」
「まあ見ておるがよい。まもなくじゃろ」
何が?
謎のオッサンの行動の意図が読めないまま、残りは七人になった。当然、謎のオッサンも残っている。こういう時の定石は強い奴を全員で潰すか弱い奴から狩っていくか、どっちかだと俺は思う。そして残った連中は後者を選んだ。
すなわちあの中で一番弱そうな謎のオッサンへの集中攻撃だ。
全周包囲。
六方向からの同時攻撃。
受けるのは無理、先手を取っての一点突破くらいしかないが間に合うタイミングではない。
にもかかわらず、謎のオッサンは嗤った。嘲笑とともに腕を振った。
刹那。
六人全員の、首が飛んだ。吹き上がる六本の血の噴水。
「なっ」
今、何をした?
「今ではないがの」
俺の内心を見透かしたようにムニスが言った。
「あやつはずっと仕込みをしておったのよ。最後まで残りそうな強者の首に鈴をつけておったのじゃよ」
「鈴?」
「極細の鋼線じゃろ。あ奴に近づけば近づくほど首が絞まる。目視も困難なほどに研ぎ澄まされた鋼線で自分の首を絞めればああなるのも道理よな」
「でもこれネタバレしたら駄目でない? 決勝トーナメントはどうするつもりなんだ?」
「あやつの手管がこれひとつのはずもなかろ」
以下、次回! 残る予選はあと二組。




