15「貨幣価値と釣銭と」
俺は宿屋のオッサンの出してくれた朝飯をカウンター席で食っている。筋肉痛なので食事も大変だ。
「昨日は夜中に突然訪ねて申し訳ない! マジで助かったよ」
「こんなド田舎の集落のボロ宿に夜中に来るのは野盗や強盗と相場が決まってるもんでな。ちょっとばかし焦ったぜ、兄ちゃん」
まあ、ここにいるのは野盗どころか聖剣強奪の下手人なんですけどね……。
「申し訳ない。それと本当にありがとうございました」
もう体限界だったしな。異世界初日はなんてことなかったのに二日目にどっと疲れが出た感じだな。
ちらりと横を見るとムニスのやつも出してもらった朝飯を食っている。神剣もメシ食うのな。
「いいってことよ。宿代さえ払ってもらえりゃあどんなヤツでもお客様よ」
「宿代ね。あのさあオッサン、これで払いたいんだけどいいか?」
自称女神からもらった布袋から一枚の硬貨を取り出す。街道沿いの宿で使えたから問題ないはずだが。
「おいおい金貨かよ。もっと細かい金はねえか? ウチはそんな釣り銭用意してねえ。一泊一部屋銀貨一枚なのに金貨は困るぜえ」
「むむ」
貨幣価値がよくわからんなあと思っていると、カウンターの下でムニスが俺の手の甲に触れ、頭の中に直接話しかけてきた。
『銀貨一枚が大人ひとり一日働いた日当じゃと考えよ。なお金貨は銀貨百枚分じゃからの』
あー、なるほど。
銀貨九十九枚もの釣り銭はこんな田舎の宿屋には無い、か。
ん? 俺、街道の宿屋とポーション売りにボられまくってね? あそこで金貨一枚きっちり使い切ったぞ。
『うむ。しっかりぼったくられておったぞ』
じゃあ止めてくれよ!
『ボられた時に教えろと言うがの、タクシ。何事も経験せねば身に付かんものよ。知識と知恵は別物じゃからの』
全知の神剣の言わんとすることもわからんではない。
経験に勝る教育は無い、というやつ。
それはさておき街道沿いの宿屋とポーション売りに比べると――比べるのも失礼な話だが――このオッサンは随分と善良だな。それこそ山賊みたいな顔してるくせに(大変失礼)。
「じゃあさ、オッサン。出せる範囲でいいからお釣りくれ。それでいいよ」
俺の提案にオッサンは目を見開いた。
「兄ちゃん正気か? そんなに出せんぞ。せいぜい銀貨十枚がいいとこだ」
「いいよそれで」
俺が簡単に頷くと今度はあんぐりと口を開いた。リアクションデカいな。
「兄ちゃん、ひょっとしてどっかの貴族様かい?」
いやいや。ただの異世界人です。
「そんな御大層な身分じゃないよ。まああぶく銭だからな」
「出所のヤバい金じゃねえよな?」
「違うって」
自称女神って出所がヤバいかヤバくないかは知らんが。
「代わりと言っちゃあなんだけど、ここから中央自治区への最短ルート教えてくんない?」
『その道順は我が知っておるぞ。我が全知であることを失念しとらんかの?』
いいんだよ、これで。
「兄ちゃん、そんなんでいいのか?」
「ああ、頼むよオッサン」
オッサンはちょっと待ってろ、と言い残して奥に引っ込んでいった。
俺はオッサンに中央自治区への最短ルートを尋ねた。
神剣なら当然知ってることを、わざわざ。
でもこれでいいのだ。
「こうすりゃオッサンのお釣りが足りないって引け目がちょっとでも軽くなるだろ?」
「おぬし、服を手に入れる手際は悪党のようだったのに、今度は聖人のようじゃの」
「あんときゃ緊急事態だったからな。そりゃ対応も違うって話だ。股間がスースーして落ち着かなかったし、ムニスの服も必要だったしなあ」
くふふ、とムニスが横の席で笑った。
「なんだよ。俺、なんか変なこと言ったか?」
「いいや。おぬしはやはり我が主たる器じゃなと、そう思っただけよ」
「そうか?」
「うむ」
頷きながらまだ含み笑いしてるよ、この子。何がそんなに楽しいんだかな。
しばらくして煤塗れになったオッサンが戻ってきた。
「おう、兄ちゃん待たせたな。ちっと古いがこの地図を持っていきな」
「助かるよオッサン。また近くに来たら寄らせてもらうよ」
「そん時はタダで泊めてやるよ」
「マジかよ」
「たりめーだ。まだまだ釣りが余ってらあ」
やっぱりどこまでも気のいいオッサンである。商売っ気がないというか。
「じゃ、きっとまた来るよ。行こうムニス」
「うむ」
「お嬢ちゃんも、気をつけてな」
「亭主殿も息災にの」
以下、次回! 何事もなく中央自治区に着けばいいなあ!
次回から第二章です。
引き続き宜しくお願い致します。




