観戦席②
今回はミュセルの視点になっております。
ご了承ください。
観戦席。
「この試合は決まったな。恐らく、今季の名勝負十戦、いや、三戦には選ばれる」
「もし、あなたが戦場にいたら、一番の名勝負になっていたわよ。補給線を断たれた状況で、風の魔導士部隊を率いて出撃、ウエンの策を打ち破り、肉薄するミュセル! しかし、ウエンにはさらに奥の手があった! 果たして、ミュセルが攻め切るのか!? それとも、ウエンが守り切るのか!? …………ってね」
「君の想像力には感心するよ、シーク」
見るとシークの白い頬がかなり赤くなっていた。
「おい、そろそろ、酒は止めろ。私は介抱したくないぞ」
まだ半分くらい残っている酒を取り上げて、普通の紅茶を渡す。
シークはそれを一気に飲み干した。
そして、大きく息を吐く。
「で、実際、あなたなら変な陣形をどうにか出来た?」
「どうだろう…………一番に思いつくのは右か、左に回り込むことだな。迂回することにはなるが、それでも意図の分からない動きには付き合いたくない」
「確かに、あんな風に広がっていたら、左右のへの動きは難しそうね」
「だけど、私やシークが指揮官ならウエンはあんな陣形を作らないんじゃないか? 分かりやすいくらい中央を薄くしたりするかもしれない。で、突撃すれば、何もなくて本陣を落とせるようになっている」
「なによ、それ?」
「私やシークはそんな大きな隙に飛び込めるか」
シークは少し考え、「無理ね」と答えた。
「その通りだ。そんな大きな隙を見せられたら、絶対に何かあると思ってしまう。ウエンなら何かを仕掛けていると思ってしまう。だから、見えている隙を狙えない。私たちにはそうするだろう。だが、バゲッドにはあの変わった陣形が有効だと、分かっていたんだ。相手や地形、敵の状況によって、柔軟に作戦を立てられる。ウエンは優れた司令官で、参謀で、戦術家で、そして戦場の心理学者でもあるんだ。やっぱりウエンは凄い」
「あなた、その調子でウエンを褒めていたら、また記事にされるわよ」
「なんだと!? 私は客観的な意見を言っているだけで……いや、よそう。この話はどうも私の方が分が悪い」
話に間を作りたくなり、先ほどシークから取り上げた酒を口に含んだ。
「ぶっ!? なんだ、これ!?」
口に含んだ酒を吐き出しそうになった。
意地で飲み込んだが、喉が焼けるように熱い。
喉だけじゃない。
胃も熱をもっている。
「ちょっと暇だったから、隣の大陸へ旅行に行ってたのよ。そこでこのお酒に出会ったの。とっても衝撃を受けたわ。これってワインと同じブドウが原料らしいの。ワインは発酵させるけど、これは蒸留したのよ」
「蒸留…………なるほど、強いわけだ。普通は水とか、炭酸水を入れるだろ?」
一口飲んだだけで頭がぐらぐらする。
「氷が入っているじゃない。強いお酒が喉を焼きながら、胃に到達するあの感覚は本当に最高よ」
シークはうっとりした表情で言う。
そうだ、こいつは強い酒が大好きだった。
「今、私もそれを経験したが、こんなのただの拷問だ…………」
私は持参していた紅茶で蒸留酒を割った。
「ああ、折角のお酒が…………」
シークは悲しそうな顔をしていたが、こっちの方が絶対においしい。
試合も終盤だ。
ウエンは守っていれば、勝てるのに攻めた。
そして、あっという間に丘の中腹に陣取っていたホークスの火の魔導士部隊を壊滅させた。
「完全に終わったな……」
丁度、酒も飲み切った。
後は投了するか、残った僅かな戦力で玉砕するしかないだろう。
あのプライドの塊みたいなバゲッドがどっちを選択するか、見物だな。
少しして、バゲッドは本陣から出て来た。
意外だった。
バゲッドは今まで偉そうなことを言っていたが、前線で戦うことはなかった。
「シーク、バゲッドの魔法適正は火だけだよな?」
「なんで上司の魔法適正がうろ覚えなのよ。そうよ、火ね」
火か…………
だとしても、本陣のメンバーだけで勝てないだろう。
歓声が聞こえた。
ファイターズの陣営を見るとヒューチーヤが遠距離攻撃を始める。
その狙いは正確だ。
バゲッドのいる本陣付近に着弾する。
これは決まったかと思ったが、その攻撃は水の魔導士の防御で防がれた。
「…………えっ?」
確かに多少は本陣にも水の魔導士が残っていただろう。
しかし、あれだけの集中砲火を防げる数はいないはずだ。
直後、今度はバゲッドたちが遠距離攻撃を開始する。
しかし、様子がおかしい。
いくら、撃っても疲れる様子がない。
それに土や風の魔導士も攻撃を開始した。
後のことを考えていない全力の攻めだ。
後がない状態で必死、と言われれば、そう見えなくもない。
だが、それにしても攻勢に隙が無さすぎる。
魔力を消耗している様子が全くない。
「まさか…………」
ホークスの最後の大攻勢に観客は沸いていた。
しかし、私は怒りに震える。
そして、席を立った。
「待ちなさい」とシークが言う。
「どこに行くつもり?」
「決まっている。あんなの絶対におかしい。運営に抗議へ行ってくるんだ!」
何かしらの不正を行っているのは明らかだった。
「運営だって馬鹿じゃないわ。バゲッドがおかしいのには気付くわよ」
「だとしても、私は…………」
「ウエンが負けるのを見たくない、って言いたいの? いくら不正の結果だとしても、あなたの思い人が無残に負けるのなんて認めない、って」
「………………」
思い人、それは聞かなかったことにする。
だけど、後半は当たっている。
私はウエンがこんな形で負けるのを見たくない。
「あなた、ウエンのことが好きなくせに信じられないの?」
「えっ?」
「ウエン・ヤングはこの程度で負けないわ。席に座りなさい。ここからが一番の見どころよ。それを見ないのは損だわ」
「君は何か知っているか?」
「知らないわ。でも、ウエンがこの程度で負けないことは知っている」
シークに言われるとそんな気がしてしまう。
エースなんて呼ばれているけど、私はウエンとシークには勝てそうにないな。
「分かった。この試合を最後まで見るよ」
「それにしてもバゲッド、馬鹿なことをしてくれたわね。でも、嬉しい限りだわ。これで火に油ね」
「火に油? 大敗した挙句、不正を行ったってことか?」
「違うのよ。さっき、隣の大陸に旅行に行ったって言ったでしょ。旅行の理由、観光以外にもあったの。それはあっちの大陸のプロギルドリーグの見学と調査よ。ほら、バケッドってあっちの大陸の出身で、実績があったからってことで『ヒーローホークス』の司令官になったじゃない?」
そういえば、そうだったな。
そして、大陸の向こうの方がプロギルドリーグのレベルが高いらしい。
それは認める。
戦ったことがあったが、確かに手強かった。
「昔の実績なんて当てならないな。あっちで通用しなくなったから、こっちに来たんだろうが、結局、この有様だ」
それを聞いたシークは声を上げて笑った。
「ど、どうした?」
「ねぇ、ミュセル、面白い話を教えてあげるわ」
シークの話を聞いた時、私は声を出しそうになった。
「おい、それって…………」
「ええ、だから、ウエンには感謝しているわ。バゲッドをよりみじめに出来るもの。…………さて、あんまり酔っぱらうわけにはいかないわね」
シークは私の持ち込んだ紅茶をコップに注ぎ、飲み始めた。
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