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第37話 というわけで真広、優愛に昔のことを怒られる


 さて、ところ変わって俺の部屋。

 時期も変わって、俺たちは高校一年生。


 今、優愛(ゆあ)はスーツ姿で膝枕をしてくれている。


 お互いに『いつ好きになったの?』という話題で、仲睦まじく昔話をしていたところ。


 うん、そう。

 仲睦まじく昔をしていたはずなのだけども……!


 いつの間にか部屋のなかはすごい空気になっていた。

 今にも弾劾裁判が始まりそうな謎の緊張感がある。


「えーと……」


 とりあえず何か言って空気を和ませようと思った。

 しかし頭上から鉄のような笑顔を向けられる。


真広(まひろ)?」

「はいっ!」


 瞬時に直立不動。

 いや膝枕中だから寝っ転がってはいるけれど、とにかく背筋を伸ばす。


 すると優愛裁判長は笑顔のままで告げた。


「さあ、あなたの罪を数えなさい」

「うぅ……っ」


 ダメだ、逆らえない。

 完全に『まな板の上の鯉』というか『膝の上の彼氏』状態。

 俺は観念して指折り数えていく。


「ええと、まず彼氏彼女ごっこ……?」

「詳しく。そして事細かく」


「細かく!? ええと、彼氏彼女ごっこなるものがあると誤解して、海で藤崎(ふじさき)さんに上着を貸しました」


「そう。次は?」

「あー……その延長線上で藤崎さんに『カレシになりたいな』とか告白めいたことを申しました」


「そう。次は?」

「……ぜんぶ言わなきゃだめ?」

「言いなさい。命令よ」


 命令だった。


 なんか一個言うごとに部屋の空気が重くなってる気がする。

 ギロチン台への階段を上ってる感じがして正直、超怖い。


「それから……映画館を観に行った時、『俺の好みのタイプは藤崎さんだよ』と申しました」

「その前にわたしの服装を褒めたことが抜けてる」


「それは良くない!? 今だって言うし!」

「良くないわよ! あなたのために着てった服を褒められたのよ!? そんなのわたし、有頂天になっちゃうでしょう!?」


「有頂天になっちゃったの!?」

「なっちゃったわよ!」


 なっちゃったんだ……。

 あ、やば。ちょっとニヤけてしまった。


 すかさず気づき、優愛が俺の頬っぺたをグニグニしてきた。


「な、に、を、ニヤニヤしてるのかしら~?」

「やっ、有頂天になっらって、可愛いなと思っふぇ……!」


「何言ってるか分からないわ!」

「優愛がグニグニしてるかられひょ!?」


「はい、いいから次、次! 罪を数えなさい!」

「え~……」


 優愛の手を握ってどうにか頬っぺたを守りつつ、不承不承で俺は続ける。


「あとは……」


 あ、これは言い逃れできないな、と気づいて目を逸らす。


「放課後の教室で……彼氏彼女ごっこだと勘違いして、キスしようとしました」

「はい、ギルティーっ! それがもっとも大きな罪だからっ!」


「ふぐうっ!?」


 枕で顔をばふっとされた。

 びっくりしたけど、痛くない。


 っていうか、今俺は優愛に膝枕されてるわけで……むしろ後頭部を太ももに押しつけられて、すごい気持ちいいんですがっ。


 しかしお嬢様はそんなことには気づかず、ばふっばふっと枕を押しつけてくる。


「なんなの!? あなたの一連の行動なんなの、ジゴロなの!?  幼気(いたいけ)なわたしの心をイタズラにかき乱して、よく考えたら真広、めちゃくちゃ悪い男じゃないのーっ!」


「いやっ、うんっ、今にして思えばちょっとそう思う! 俺の勘違いムーブ、ちょっとだけ悪い男だったかもって……っ」


「ちょっとじゃないし、かもでもなーいっ!」


 ギンッと睨まれた。


「いい!? あなたに引っ掛かったのが優秀なわたしだったから良かったようなものの、他の子だったら普通に大惨事になってたわよ!? その辺、ちゃんと理解しときなさいよ? あなた、天然で悪い男なんだから!」


「え、ええー……」


 なんかすごいレッテルを貼られてしまった気がする。


 今まで『優愛が俺以外の男に転んでたら大変なことになってただろうなぁ』とは何度も思ったけど、まさかその逆なんて……。


「大げさだなぁ」

「大げさじゃなーい!」 


 お嬢様は枕をぎゅう~っと抱き締めて悶絶し始めた。


「ほんと、当時のわたしの動揺と混乱を返しなさいよ、も~っ!」


「あ、やっぱり動揺とか混乱した?」

「当たり前でしょー!?」


 激怒(げきおこ)りのせいか、もはや俺の枕がサバ折り状態にされている。


 ああ、俺の枕……。

 ごめん、俺の代わりにサバ折りの犠牲にさせちゃってごめん。


 一方、優愛の激怒りは止まらない。


「ちょっと気になってた男子にグイグイ来られてっ、さらに告白まがいのことまで言われちゃってっ、でもほんとの告白は無しで焦らされて、あまつさえキスされそうになったのよ!? こんなの中学3年生の女の子に処理できる!?」


「藤崎さんならワンチャン……」

「できるかーっ!」


 枕が放り投げられた。

 華麗に放物線を描き、錐揉み回転で落ちていく。


 ああ、俺の枕ぁ……っ。


 ボテ、と床に落ちると同時に、お嬢様のお怒りも一段落したらしい。まったく、と腕組みで睨みを効かせてくる。


「何度でも言うけど他の女の子に同じことしてたら、あなた、大変なことになってたわよ? 無理やりのキス未遂なんだから」


「いや何言ってんのさ」


 さすがに聞き捨てならず、俺もちょっとは言い返す。


「藤崎さん……っていうか、優愛以外にそんなことしないし」

「む……ま、まあ、それならいいけど?」


 あ、ちょっと機嫌直った。

 俺は手を伸ばし、優愛の長い髪を手いじりする。


 うん、サラサラで気持ちいい。


「それにしてもよくあの状態からなんとかなったよね」

「何のこと?」


 優愛も手を伸ばし、俺の髪を自然に撫でる。

 お互いの髪をいじりつつ、俺は続けた。


「いやほら、キス未遂のあと、お互いだいぶ混乱したからさ」


 彼氏彼女ごっこだと思ってキスをしようとし、怒られた俺。

 告白させようと思ってたのに、まさかのキスされそうになった藤崎さん。


 それはもう混乱の極みだったけど、何もしないでいたら両親の離婚が進んでしまう。


 なんとも難しい情勢だったけど、気づけばどうにか軟着陸はできていた。


「当たり前でしょう? わたしを誰だと思ってるのよ? ……と言いたいところだけど」


 当時を思い出したのか、ちょっとげんなりする、お嬢様。


「わたしの人生のなかでもかなりハードモードな仕事だったわ。自分の混乱を抑え込んで、なんで真広があんな行動に出たのかを分析して……で、なんとか答えにたどり着いたわよ。あ、これなんかボタン掛け違えてるって」


「え、すごい」


 ちょっと本気で感心してしまった。


「あそこから真実にたどり着くなんて……今日ほど優愛のハイスペックさを肌で感じたことはなかったかも」

「もっと普段から感じてなさいよ」


 まったく、とちょっとおどけた、ため息。

 つられて俺も笑ってしまう。


 とにもかくにも。

 あの後、12月24日に俺たちは両親を藤崎グループのレストランに招待し、そして『イブの夜、始まりの屋上』で俺たちは付き合うことになった。


 結局、両親は離婚したし、あの時はこの世の終わりみたいに思ったけど、ところがどっこい、日々は続いていくし、俺は今ものすごく幸せだ。


「ははっ」

「もう、何がおかしいのよ?」


「いや幸せだなぁと思って」

「それはそうでしょ? だってあなたはこの藤崎優愛の婚約者なんだから」


 仰る通り。

 なんの反論もございません。


 ただ、せっかくだから……俺は優愛のシャツの胸元部分をちょっと引っ張ってみる。


「ん? なあに?」

「せっかくだから、もうちょっと幸せにして欲しいなと思って」

「え~、おばさまが下の階にいるのよ?」


 さすがハイスペックお嬢様。

 すぐに彼氏の意図を悟ってくれた。


「ちょっとなら気づかれないよ、きっと」

「でも……」


「ね、お願い。ごっこじゃない、彼氏彼女ごっこしよう?」

「も~、甘えん坊ね」


 中3の俺には知る由もなかった攻略法。

 藤崎さん――優愛は甘えられるのに弱い。


 しょうがないわね、という顔でお嬢様が屈んでくれる。


 そして俺は――むにゅう、と柔らかい胸と太ももに再びサンドウィッチされた。


 ……って、あれぇ!?

 俺、キスして欲しかっただけなんだけど!?


 これはこれで嬉しいけれど、優愛の胸が柔らかすぎて完全に顔が埋まってしまった。

 呼吸ができずにバタバタともがく。


 しかしお嬢様は俺が喜んでいると勘違いしてるらしい。


「あ、ちょっとこらっ、胸のなかで暴れないで……っ♡」

「~~っ!」


 あれから色々変わったけど、結局、まだ勘違いや誤解は起きるらしい。

 まだまだカップルとしては修行中な俺たちでした――。




次回更新:土曜日

次話タイトル:『第38話 卒業式の桜のところに行ってみようか』

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