中学生編3 藤崎さん、真広の上着でドキドキしまくる
ザザアン……ザザアン……。
波の音が響いている。
ここは電車で1時間半ほど移動した先の海岸。
といってもただの海ではなくて、きちんと観光地化された場所。
砂浜の前には舗装された道があり、等間隔に植えられたヤシの木の根元にはライトアップ用の照明が置かれている。
そろそろ日没だ。
完全に日が沈むと、海岸がライトアップされる……と駅でもらったパンフレットに書かれていた。
俺と藤崎さんは今、そのヤシの木の歩道を歩いている。
今日は平日。
学校が終わってからダッシュで駅に向かい、電車に飛び乗ってここまでやってきた。
すごい強行軍だけど、提案してくれたのはもちろん藤崎さん。彼女の行動力には舌を巻くばかりだった。
「……あ、たぶんこの辺だと思う」
家のアルバムから抜き取ってきた写真を見て、俺は足を止める。すると前を歩いていた藤崎さんも戻ってきて、俺の手元を覗き込んだ。
「どこどこ? ……ん、そうね。写真の画角と砂浜の形も一致してるわ」
髪の毛がふわっと目の前で揺れ、ドキッとしてしまう。
最近、藤崎さんはちょこちょこ距離感が近くて、俺は動揺させられることが多い。
たぶんそれだけ仲良くなれたということなのだろう。
ただ、俺の頭は冷静だ。
心は動揺していても、ちゃんと頭の中では理解している。
この距離間の近さは、彼女と俺の住む世界が違うからこそなのだと思う。
藤崎さんが俺を男子として意識することはない。だからこそ、近い距離感で接してくれている。
それを肝に命じ、俺は変に反応しないように気をつけていた。
大げさなリアクションをしてしまって、藤崎さんにキモい奴と思われても嫌だし。
……なんてことを考えていたら、いつの間にか彼女が写真から目を離し、こっちを凝視していることに気づいた。
「ねえ、君……」
「え、なに? どうしたの、藤崎さん?」
「わたし、わりと途方もない美人だと思うんだけど?」
「へっ?」
一体、なんの質問だろう?
そりゃもちろん藤崎さんは超がつくほどの美人だ。
なんの反論もないし、正直こんなにきれいな人に俺は今まで会ったことがない。
「こーんな美しいわたしがこーんな至近距離にいるのに、君は赤くなったり、おろおろしたりしないわけ?」
「え、しないよ?」
即答した。
うん、キモい奴と思われたくないからね。
「ふーん……?」
なんか藤崎さんの頬っぺたが膨らんだ。
小さな子供みたいで、きれいな顔とのギャップが可愛いけど……え、なにか怒ってる?
「えーと、藤崎さん?」
「はいはい、それじゃあライトアップまで待ちましょ。とっとと座って。シット、ダウン」
一方的にまくし立てると、藤崎さんはスカートを押さえて砂浜へ繋がる段差のところに腰を下ろす。
お、怒らせちゃったかなぁ……?
困り果てつつ、俺も彼女の隣に座り込んだ。
「時間は?」
「えーと……あと10分くらい」
スパンッと短く尋ねられ、スマホを取り出してわたわたと答えた。
ここは俺の両親が結婚前にプロポーズをした場所だ。
先日、俺と藤崎さんは喫茶店で話し合い、『子供のためではなく、両親が自分たちの意思でヨリを戻してくれるようにする』という離婚阻止の方針を決めた。
その一環で訪れたのが、このプロポーズの地である。
「もし君のご両親をここに招待したら、当時の気持ちを取り戻してくれるかしら?」
海を見ていて機嫌が直ったのか、それとも真面目に話し合うモードに切り替えてくれたのか、藤崎さんが思案顔で口を開いた。
俺は浜辺の方へ目を向けて答える。
「だったらいいな、と思うんだけど……」
「君のご両親って恋愛結婚なのよね?」
「そう聞いてる。実際、昔はラブラブだったらしいし」
「ラブラブ夫婦かぁ。いいわねー……」
しみじみとした、つぶやき。
喫茶店でも言っていたけど、藤崎さんはやっぱり恋愛事に憧れが強いらしい。
ウチの両親は十数年前、この海のライトアップと同時にプロポーズしたという。今日の目的はその下見である。
実際にライトアップの光景を見てみて、良さそうだったら両親をここに招待し、当時の気持ちを取り戻してもらおう、というのが藤崎さんと考えた作戦だ。
ただ……。
「……ちょっと寒いかな?」
「そ、そうね……」
現在、12月。
海風がかなり肌寒い。
今年は11月に夏日があるくらいの異常気象で、地元はそこまで寒くないので、俺たちはコートも何も持ってきていなかった。
考えてみたら、両親のプロポーズは確か夏だったと思う。これは今日きたのは失敗だったかも……。
ふと横を見たら、藤崎さんも両腕をさすって暖を取ろうとしていた。先日、俺のために川に飛び込んでくれた時は平気そうだったけど、やっぱり寒いものは寒いらしい。
どうしよう、何か温かい飲み物でも買ってこようか。
でもライトアップまでもう時間がない。
かと言って、このまま藤崎さんに寒いを思いをさせておくのも違う。
迷いのなか、俺はふと思い出した。
それは地元の駅で電車に乗る時、後ろに並んでいたカップルの会話。
『う~にゃ~! さーむーいー……っ』
『え、今年はまだぜんぜん寒くないだろ?』
『むりむりっ! こないだまでポカポカなお部屋で一年中過ごしてたあたしにはもう極寒っ。ツンデレ気候だから!』
『ツンドラ気候な? 普通、逆じゃろ? ツンデレをツンドラって言うなら分かるけども』
『お日様がツンしてるんだからツンデレでいいのです!』
『そ、そうか……とりあえず俺のブレザー着るか?』
『え、いいの? あーんは嫌がってたのに』
『そりゃまあ、なんつーか……か、カノジョの健康の方が大事だろ?』
『あ……。う、うん、じゃあ借りちゃう』
『ん。……ほら、借りちゃえ』
『えへへ、あったかーい♪』
カップルは後ろに並んでいたから顔とかは見てない。
でも砂糖たっぷりのショートケーキみたいに甘々で、幸せそうな雰囲気だった。
あの時、背中越しに感じた空気を思い出し、俺は沈思黙考。
藤崎さんは今、寒がっている。
それに恋愛事への憧れも持っている。
だったら……うん、ここは俺が文字通りに一肌脱ぐべきだ。
「藤崎さん」
「ん?」
「これ、どうぞ」
俺は着ていたブレザーを脱ぎ、それをおもむろに彼女の肩へファサァと掛けた。
「へ? ……ふえっ!?」
一瞬、キョントンとした後、藤崎さんは肩に掛けられたのが俺のブレザーだと気づき、素っ頓狂な声を上げた。
「えっ!? ちょ、なっ、えっ、なになになにっ!?」
「寒いから着てて。地元は暖かいけど、やっぱり海沿いだし」
「いや寒いのはそうだけどぉ!? でも、な、なんでっ!?」
「駅で後ろに並んでるカップルがそうしてたの、思い出したんだ」
「そのカップルならわたしも覚えてるけどっ! 『わぁ、あの女の子みたいな可愛い甘え方、わたしもしたいな、尊敬しちゃうな』って思ったけどっ!」
「じゃあ、ちょうど良かった」
ホッとして思わず顔がほころんだ。
「俺ので悪いけど、それ着てて。カレシのブレザーのつもりで着ててくれたら嬉しいな」
「カ、カレシーっ!?」
面白いぐらいの甲高い声で叫び、途端に藤崎さんの頬がかぁぁぁっと赤くなっていく。全身ぷるぷるしていて、なんだかすっごく可愛い。
……良かった。全力で堪能してくれてるみたいだ。
もちろん俺が藤崎さんの彼氏になれる日なんて来るはずがない。
だからこそ、こういう思い出作りの手伝いができる。
ほんのちょっとでも恩返しになってたらいいな。
そうして穏やかな気持ちになっていると、藤崎さんがおろおろしながらこっちを見てくる。
「あ、あの、あのね……っ」
感情が高ぶり過ぎて、ちょっと涙目になっていた。
「カ、カレシのブレザーのつもりって、それって、それって……っ!」
あまりに真っ赤っ赤な顔を見て、『ん?』と思った。
藤崎さん、ちょっとドキドキしてる……?
いやでも俺程度に藤崎さんがドキドキなんてするはずないし……あ、そうか、これは彼氏彼女のシチュエーションにドキドキしてるんだろう。
だとしたら、俺もこのシチュに乗っていくべきだ。
藤崎さんと俺が身分違いなんてことは共通見解のはずだし、勘違いのしようもない。なので、俺は安心して乗っていく。
おろおろしている彼女に向けて、ニコッと笑みを向けて――。
「うん。俺、藤崎さんのカレシになりたいな」
その瞬間、目の前の海が一斉にライトアップされた。
ヤシの木の根元の照明が輝き、浜辺から海までの間を七色の光に染めていく。
その美しい光の渦のなかで、藤崎さんは超ビックリしたような声を上げた。
「え、えええええええ――っ!?」
まるで、ちょっと気になってた同級生の男子に告白された瞬間みたいな顔だった。
おー、すごい。
藤崎さんぐらい多方面に優秀だと、ここまで真に迫った演技が出来るらしい。
ここまでシチュに乗ってくれてるなんて、きっと心から楽しんでくれてるんだろう。
良かった、良かった。
俺はすごくほっこりした気持ちで、赤面する藤崎さんを眺め続けた――。
次回更新:明日
次話タイトル:『中学生編4 藤崎さん、真広の好みのタイプを聞きまくる』




