第31話 優愛のスーツ姿が似合い過ぎてて真広撃沈
優愛のキスマークはどうにか一週間で消えてくれた。
針のむしろみたいな平日を乗り越え、ようやく休日。
今日も優愛はウチに遊びに来ている。
本当はもっと外でデートとかをしてもいいのだけど、平日になかなか2人きりになれるチャンスがないので、ついついこうして俺の部屋で過ごすのが定着している。
「まったく、やっと絆創膏生活から解放されたわ。いい、真広? もう勝手にキスマーク付けたりしちゃダメだからね?」
「ああ、うん……」
「それにしても、なんでわたしは上手くつけられないのかしら? 何度か真広で練習したけど、ぜんぜん付けられなかったし……今度、唯花さんに相談してみようかしら」
「ああ、うん……」
「ちょっと、真広」
「え?」
いきなり名前を呼ばれ、ハッと我に返った。
見れば、優愛がこっちをじっと見ている。
「なにぼーっとしてるのよ? 熱でもあるの?」
「いや、えっと、そういうわけじゃないんだけど……」
熱なんてない。
でもどうしてもぼーっとしてしまう。
というのも、なんていうか……。
「優愛、えと、今日の格好なんだけど……」
「? なんか変?」
「いや変っていうか……」
……すごく良い。
いつものごとく俺はベッドに座り、優愛は勉強机の椅子に座っている。
いつもと違うのは、優愛の今日の格好。
爽やかな色のスーツ。
インナーは清潔感のある白。
下はスカートじゃなくて、パンツスタイル。
それが凛とした優愛の雰囲気と、超がつくほどの美人な顔によく似合っている。
学生なのに、デキる社会人って雰囲気だった。
正直、油断していると、見惚れてしまう。
ただ、素直に言ったら100%の確率でお嬢様を調子に乗らせてしまうので、ちょっと迷ったけど誤魔化すことにした。
「……やっぱりなんでもない。とりあえずゲームでもする?」
しかし、これが失言だった。
「真広の部屋、テレビないからゲームなんて下の階にいかないと出来ないじゃない」
「あ、確かに」
そう言った瞬間、「ははーん?」と優愛の目が光った。
……しまった。ウチのお嬢様の勘の良さを舐めていた。
「ねえ、真広」
すかさず優愛が立ち上がり、俺の横に座ってくる。
これ見よがしに髪をかき上げ、華麗な流し目。
「もしかして、スーツなわたしがツボなのかしら?」
はい、そうです。
正直、今日の君にクラクラしてます。
でもちょっとストライク過ぎて、素直に言うのが恥ずかしい。
「いや、そんなことは……」
「そんなことはー?」
透き通るような瞳に見つめられ、俺は赤くなって目を逸らす。
「……なくもないけども」
「へー? ふ~ん? へー?」
はい、お嬢様が有頂天になってしまいました。
「真広がどんな服装が好きなのか、ずーっと探ってたんだけど、とうとう正解を引き当てちゃったわ。あなた、スーツ姿が好みだったのね?」
「え、ずっと探ってた? そうなの?」
「そうよ。わたしがデートの時に一度でも同じ格好だったことある?」
……ない。
中学の時に付き合ってた頃から、デートの度に優愛は毎回服装を変えてきていた。
単純にお金持ちだからかと思っていたけど……まさかのまさか、色んな格好を試して俺の好みを把握しようとしていたらしい。
「なんだかんだ、真広って分かりやすいわよねー」
「そ、そう?」
「そうよ。すぐに態度に出るし」
パンツスタイルの足を組み、上着の衣擦れの音を響かせて肘を足に置くと、スーツの優愛は頬杖をつく。
「ね、褒めてよ? スーツ姿、似合ってるって」
「や、それは……っ」
「どうしてー? いつもは結構褒めてくれるじゃない?」
「う、うん、そうだけども……っ」
たぶん俺は彼女の変化には聡い方だと思う。
優愛が新しいリップに変えたらわかるし、おニューのアクセサリーとかも気づいたら褒めるようにしている。
でも今日はちょっとツボ過ぎて照れくさい。
なんか挙動不審になってしまいそうだ。
そうして躊躇していたら、優愛に頬っぺたを突かれた。
「ほら、褒めなさいよー?」
「……っ」
「ほらほらー?」
「ちょ、からかってるでしょ、優愛っ」
「からかってるわよー? だって今日の真広、挙動不審で面白いし」
「ひ、ひどい……っ」
戸惑っていると、優愛が腰を浮かせて距離を詰めてきた。
俺は反射的に逆方向へ移動する。
それがさらに優愛をニヤニヤさせた。
「なんで逃げるのよー?」
「に、逃げてないしっ」
「逃げてるじゃない。あーあ、彼氏が冷たくて淋しいわー」
「わ、わざとらしい……っ!」
「じゃあ、そばに来なさいよ。ほらほら、本当は大好きなわたしの近くに来たいんでしょー?」
「あーもう……っ」
ダメだ、完全にペースを握られてる。
俺は顔を覆って途方に暮れた。
でもたぶん優愛は誤解している。
俺は別にスーツフェチとかじゃない。
なんていうか、凛としている優愛に弱いんだ。
だって、しょうがないじゃないか。
スーツを着たりして、優愛のデキる雰囲気が増すと、どうしても中学生の頃を思い出してしまう。
つまり俺が優愛を最初に好きになった時だ。
あの頃はまだ『藤崎さん』と呼んでいて、優愛のポンコツな部分とか愛嬌のある部分は見えてなかった。ただただ『高嶺の花』のような存在だった。
もちろん今は親しみ深いポンコツさを含めて好きだけど、あの頃の『手の届かないハイスペック女子』な感じを思い出すと、どうしても挙動不審になってしまう。
当然、そんなことは口が裂けても言えないけど……。
「ねえねえ、真広」
ノリノリに調子に乗ったイタズラ顔で覗き込まれた。
そしてぜんぶ見透かしたような目で言われる。
「わたしのこと、昔みたいに『藤崎さん』って呼んでみなさいよ?」
「バレてたーっ!」
「そりゃバレてるわよ。言ったでしょ? わかりやすいって」
恐ろしいのは、お嬢様のハイスペックさ。
俺の心中なんてすべてお見通しらしい。
しかも気づけば壁際に追い詰められていた。
左側にはもう枕と壁しかなく、右側には優愛がグイグイ迫ってきている。
「一回、一回言ってみなさいよ? ね? わたしに片思いしてた頃みたいに『藤崎さん』って」
「いや待って。確かに中学の頃から優愛のこと好きだったけど、今にして思うと、あれ俺の片思いじゃなかったよね? 両想いだったよね?」
「細かいことはいいの! あの頃の真広の夢を叶えてあげるから、ほら早くー!」
「あの頃の俺の夢ってなに!? 俺本人にもさっぱりなんだけど!?」
お嬢様には一体何が見えていると言うのだろうか。
でも言わないと、もう許してくれない雰囲気だった。
……くっ、しょうがない。
俺は肩を落として観念する。
そして重たい口をどうにか開き、若干視線をさ迷わせて言った。
「ふ、藤崎さん……?」
口にすると、感覚が中学生の頃にグッと戻っていくのを感じた。
そんな次の瞬間。
優愛がいきなり俺の腕を引き寄せ、鈴が響くような凛とした声で告げた。
「好きよ、森下くん。これからは優愛って呼んで?」
「――っ!?」
ズキューンッと胸を撃ち抜かれた。
ズルい。今のはひたすらにズルい……っ。
いや実際は俺のこと苗字で呼んだことないよね、とか、優愛から告白することなんてまずなかったよね、とかツッコミどころは山ほどあるけど、それでも撃ち抜かれてしまった。
確かにこれは中学生だった頃の俺の夢だったかもしれない。
俺は真っ赤になってぷるぷると悶え、優愛はこれでもかっと言うくらいのドヤ顔をしてくる。
「どう? どう? 今の、真広にストライクだったでしょう?」
「……はい。もうぐうの音も出ません」
「素直でよろしー!」
「……わっ」
ぐいっと引っ張られ、パンツスタイルの太ももで膝枕された。
女優も裸足で逃げ出すほどの美人な顔がご満悦で見下ろしてくる。
「可愛いわよ、真広♪」
「もう……」
「よしよーし、良い子ねー♪」
「はぁ……」
頭まで撫でられてしまい、完全に脱力。
今日の俺はお嬢様にされるがままだ。
まあ、太ももがすごい気持ちいいからいいか……。
そうして諦めつつ、ふと思った。
「あの頃は……」
「んー?」
「優愛とこんな関係になれるとは思ってなかったなぁ……」
「あは、確かにそうかもね」
肩をすくめて優愛も苦笑する。
「彼氏にしたい男の子が現れるなんて、あの頃のわたしは微塵も思ってなかったもの」
「彼氏どころか今はもう婚約者だしね」
「ふふ、そうね」
くすぐったそうに笑う、優愛。
その笑顔がまた可愛かった。
あの頃の『藤崎さん』はとにかく格好良くて、こんな可愛い笑顔があるなんて思ってもいなかった。
そんな感慨に耽っていたら、ふいに優愛が首をかしげた。
「そういえば、真広っていつからわたしのこと好きだったの?」
「え? それを言ったら優愛だっていつから俺を……?」
お互いに顔を見合わせる。
考えてみたら、そういういわゆる恋人同士の答え合わせをしたことはなかった気がする。
なので、ちょっと一緒に昔を思い出してみることにした。
あれは……そう、俺と『藤崎さん』が急速に仲良くなった、中学三年生のクリスマス前のこと――。
次回更新:土曜日
次話タイトル:『中学生編1 12月、隣の席の美少女が味方になってくれた話』




