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第27話 将来の話をしてたら、キスしてた件

 さて、生徒会役員としての活動が始まった。


 初日の今日は俺と優愛(ゆあ)で各部や各委員会に挨拶まわり。

 ついでに事前に配布されていたアンケート用紙も回収。


 とりあえず一通り終えて部室棟を出て、帰りのショートカットで今は南校舎のなかを歩いている。


 この辺は家庭科室や理科室などの専門教室が多く、放課後はあまり人通りがない。

 挨拶まわりが終わってなんとなく緊張感が解け、俺たちは雑談をしながら歩いている。


「つまりわたしは将来、別に広い家になんて住まなくていいわけ。だから真広(まひろ)は無駄な心配なんてしなくていいの」


「そう? でもほら、優愛は一応お嬢様だし、ある程度の広さがないと落ち着かないかなって……」


「住めば都って言うでしょ? もしくは弘法筆を選ばず、かしら? 結局、優秀な人間ほどこだわりはなくなっていくものよ」


「うーん、そういうものかー」

「そういうものよ」


 俺は廊下の天井を見上げながら言い、優愛はこれ見よがしに大きくうなづく。


 はい、雑談をしてるのだけど、その内容は『将来、どんな家に住みたいか?』だったりします。


 相変わらず、ちょっとイチャイチャっぽいけど、一応ちゃんと一仕事終えた後だから勘弁して頂きたい。


 ちなみに俺は回収したアンケートの束を手に持っている。

 優愛は手ぶらだけど、この辺はレディ・ファーストだ。


「それで?」

「うん?」


「真広はどんな家に住みたいの?」

「あー、俺かぁ」


「わたしは広さにこだわりはないけれど、真広が大きい家に住みたいなら構わないわよ? 銀座の一等地だろうと、ロサンゼルスのゲートウェイだろうと、わたしが買ってあげるから」


「え、買ってくれるの?」

「もちろんよ。わたしを誰だと思ってるの?」


 お嬢様は華麗に髪をかき上げて格好つける。

 超がつくほどの美人だから実際に格好良いのがすごいところだ。


「この藤崎(ふじさき)優愛がグループを継いだなら企業価値を少なくとも今の倍、いいえ三倍にしてみせるわ。喜びなさい、真広。可愛くお願いすれば、あなたが買ってもらえないものなんてこの世にないんだから」


「わー、すごいなぁ」


 でもそれだと俺、ヒモだよね?

 あと優愛はお義父さんとの約束で生徒会長になれなかったら跡継ぎの権利剥奪だから、ひょっとしたらグループ継げない可能性もあるよね?


 ……と思ったけど、優愛のドヤ顔がキラキラしてて可愛いので、水を差すのはやめておいた。


「で、あなたはどんな家に住みたいの?」

「うーん、そうだなぁ……」


 また天井を見上げて考える。

 銀座とかロサンゼルスとか言われても正直なところ、ピンと来ない。


 それよりはむしろ……。


「……狭い家がいいかなぁ」

「狭い家? 犬小屋みたいな?」


「お嬢様、ちょいちょい俺の人権を剥奪しようとするのはやめようか?」


 ヒモとか犬とか、良くないよ?


 俺はジト目を向けて抗議する。

 しかしお嬢様は悪びれない。


「あら、ウチの屋敷の犬小屋は狭いけど狭くないわよ?」

「え、どれくらい?」


「真広の部屋ぐらい」

「俺、普通に犬レベルだった!」


 上流階級、怖すぎる。

 びっくりするぐらい常識外れだ。


「まあまあ、首輪は勘弁してあげるから安心しなさい」

「犬扱いが変わってないことに安心できない……」


「でも三食おさんぽ付きよ?」

「いや普通に監禁だからね? 思いっきり事件でスキャンダルだからね?」


「しょうがないわねー。じゃあ特別に放し飼いにしてあげる」

「特別扱いになっても、まだ人権が戻ってこない……」


 己が尊厳のため、これは革命もやむなしか……と俺は肩を落とす。


 すると、優愛に肘でわき腹辺りを小突かれた。


「で? どうして狭い家に住みたいの? はぐらかしてないでいい加減に白状しなさい」

「あ、バレてたか……」


 実は理由を言うのがちょっと恥ずかしくなって、他愛もない話で誤魔化そうとしていた。でも優愛には見抜かれてたみたいだ。


「当たり前でしょう? 婚約者の目を欺けるとは思わないことね」


 ……仰る通りです、と苦笑がこぼれる。


 しょうがない。

 諦めて白状しよう。


 いや、うん、実際のところ結構恥ずかしいんだけど……。


「その……さ」

「なあに?」


「狭い家の方が……」

「方が?」


 俺はちょっと赤くなって目を逸らす。


「……大好きな優愛のこと、近くに感じられるかな、って」

「な……っ!?」


 どうやら予想外だったらしく、一瞬で優愛の顔が沸騰した。

 俺のように真っ赤になり、お嬢様は同じように視線を逸らして、ごにょごにょと口ごもる。


「……な、何言ってるのよ、いきなりぃ」

「いや……だからはぐらかしたかったんだよ」


「な、なるほど……まあ、気持ちはわかるけど」

「うん……」


「…………」

「…………」


 はい!

 こちらが本日の『とっても恥ずかしい無言の空気』です!


 うわぁ、やっぱり言わなければ良かった。

 アンケート用紙の束を抱えてなかったら、俺は間違いなく頭を抱えていたと思う。


 ……と、そんなふうに後悔していたら突然、ふわりといい匂いがした。


 視界の端で長い髪が舞い、何かと思ったら――優愛がこてん、と肩にもたれかかってきた。


「わっ、ちょ!?」


 アンケート用紙を落としそうになってしまい、俺は慌てて足を止める。


「ゆ、優愛っ!? 優愛さん!? 今のはなかなか危なかったんですが!?」

「んー、大丈夫よ。ちゃんと真広が反応できるタイミングを狙ったから」


「いや狙ったからって……っ」


 そんな上手くいくものかな。


 まあ、ハイスペックお嬢様の優愛なら俺の歩幅とかを見て、アンケートを落とさないタイミングを狙えるのかもしれないけど。


 とりあえず、廊下の真ん中で棒立ちになってしまった。

 可愛い彼女が肩にもたれかかっているので、動くに動けない。


「えーと……その、一応まだ仕事中なのですが?」

「ちょっと休憩」


「休憩? 廊下の真ん中で?」

「そ。緊急で真広に分からせをしなきゃいけなくなったから」


「え、なに? これから俺への分からせ展開が始まるの?」

「というか、もうスタートしてるわ」


 肩にもたれかかったまま、瞼を開けてチラリと見てくる。


「いい? 家が広かろうが狭かろうが、こうやって……」


 するり、と優愛が腕を組んできた。

 大きな胸と胸の間へ、俺の腕が収まってしまい、ふにゅっと柔らかい感触に包まれる。


「――っ!?」

「……いつだって、大好きなわたしのことを感じればいいじゃない?」


 一気に脳が沸騰しそうになった。

 めちゃめちゃ柔らかくて、めちゃめちゃ気持ちいい。


 同時にマズいマズいっと本能が警鐘を鳴らす。


 思い出すのは昨日の生徒会室でのこと。

 昨日も優愛は俺を胸に抱き寄せてくれて、完全に主導権を持っていかれてしまった。


 たぶん俺が甘えることで優愛をコントロール出来るようになったように、優愛も体を使って俺をコントロールすることを覚えつつあるんだ。


 ここは毅然とした態度を取らなきゃいけない。

 じゃないとお嬢様に強力なカードを与えてしまう。


 そう分かっているのに――。


「あの、お嬢様……」

「なに?」

「……キス、してほしいです……」


 ――大好きな子の誘惑には敵わなかったよ!


 だってしょうがないじゃないか、好きなんだものっ。

 しかもアンケート用紙があって動けないから、優愛から来てもらわないとキス出来ない。


 今日は完全に俺の負けだ。

 はい、分からされてしまいました。


 こっちの心が折れたのを見透かし、お嬢様は「ふふっ」とイタズラっぽく笑う。その微笑みがちょっと妖艶で魅力的なのがまたズルい。


「真広は悪い子ね。まだ仕事中よ?」

「それはわかっておりますが……」


「我慢できない?」

「……はい」


 思いっきり心の白旗を振った。

 するとお嬢様はご満悦で唇に弧を描く。


「もう……今日だけだからね?」


 そして。

 ちょっとだけ背伸びをして。

 桜色の唇が近づいて。

 甘い吐息と共に――そっと囁く。




「……真広、大好き♡」




 チュッとキスされた。

 一瞬で胸が幸福感に満たされた。

 ついでに腕がむにゅっとさらに胸に埋まって気持ちいい。


 でもそれだけで終わらなかった。

 恐るべきはハイスペックお嬢様の予想外の追撃。


 唇が離れる、その直前だった。

 優愛はほんの少しだけ口を開いて、


「……はむっ♪」


 俺の唇を甘噛みしてきた!


「――っ!?」


 これまでの人生で味わったことのない、甘い衝撃。

 痺れるような興奮が一瞬で全身に走り、思わず腰が抜けて尻餅をついてしまった。


 アンケート用紙が景気よく宙を舞い、無数の紙片が廊下に舞い散る。


 優愛は俺を見下ろしてクスクス笑う。


「もー、なにやってるのよー? そんなにびっくりした?」

「そ……っ。び……っ。あ、あたりま……っ!」


「ちゃーんと拾ってきなさいよ。先に生徒会室に帰ってるからね?」


 くるっ背を向け、優愛は薄情なくらいあっさりと歩いていってしまう。


 でも俺は見逃さなかった。

 長い髪に隠れた髪が……それはもう茹でダコみたいに真っ赤っ赤になってることを!


 婚約者の目を欺けるとは思わないでもらいたい。


 優愛は今、調子に乗って唇を甘噛みした挙句、死ぬほど恥ずかしくなって慌てて逃げているのだ。


「あーもう、あのお嬢様は……っ」


 今日はまだまだ仕事があるのに、この後、顔を合わせたら絶対また恥ずかしい空気になってしまう。


 俺は頭を抱えつつ、でも正直……可愛すぎて、ますます優愛を好きになってしまいました。




次回更新:土曜日

次話タイトル:『第28話 真広から優愛へ、甘噛みチャレンジ』

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― 新着の感想 ―
お互いに、作戦:ガンガン行こうぜ!!を素でいってて好き。これ、廊下でやってんだぜ??いつまで健全()なお付き合いが続くか…
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