第18話 真広、今カノに寝起きのキスを迫ってみる
夢をみていた。
たまにある、夢だとわかっている夢だ。
目の前に広がるのは、夜空と夜景。
ああ、これは……クリスマス・イブの夢だ、とすぐに気づいた。
俺こと森下真広は中3のクリスマス・イブの日、学校の屋上にいた。
そこでかの藤崎グループのお嬢様、藤崎優愛と付き合うことになったのだけど……しかし将来、大企業を継ぐ優愛は日本の高校にはいかない。
彼女は海外のハイスクールに入学するため、留学してしまう。
だから中学の卒業式の日、俺たちは別れることを選んだ。
桜の花びらが雨のように降り注ぐ卒業式の夢をみながら、俺はぶつぶつと寝言をつぶやく。
「……ん、んあ……でもゆあ……また会えたら……何年後でも、何十年後でもまた会えたらその時は……俺と……けっこん……」
「なあに? 寝ぼけてるの、真広? まったくもう、ほら起きなさい」
そうして、また夢は進んでいく。
俺の高校生活が始まった。
恋人だった優愛のいない、灰色の新生活。
でも。
でもである。
入学初日の隣の席に――なんかいた!
なんかというか、優愛がいた。
「……な、なんでぇ……? 留学はぁ……」
「留学? ああ、入学式の時の夢みてるの? それはパパに言ってやめにしたのよ。あなたがいるから、わたしは日本に残ったの。光栄に思いなさい。この藤崎優愛の人生をつまずかせるのなんて、有史以来、真広だけなんだから」
そして俺は優愛にプロポーズした。
また会えたら結婚しよう、って卒業式の日に約束していたから。
生徒会長の三上先輩やたくさんの仲間たちの力を借りて、優愛のお義父さんにも認めてもらい、優愛に指輪を渡して――晴れて、俺たちはまた恋人同士になれた。
「……ゆあ……俺、がんばるから……君を一生……幸せにするから……」
「ちょ!? ゆ、夢のなかでまで何言ってるのよぉ!? あ~、もう! しょうがないわねえ!」
――突然、チュッと頬に柔らかい感触がきた。
「へっ?」
驚いて俺は目をまぶたを開けた。
目を開けるとよく見知った俺の部屋の天井……じゃない。
絶世の美少女がドアップで俺の顔を覗き込んでいた。
輝くような明るい髪。
宝石のように美しい瞳。
誰も彼もを魅了する凛とした雰囲気。
俺の恋人、藤崎優愛がちょっと頬を赤らめてそこにいた。
「ゆ、優愛!? え、なんで!? なんで優愛!?」
上から顔を覗き込まれているから動くこともできず、俺は目を白黒させる。
一方、優愛は呆れた様子で髪をかき上げる。
「なんでじゃないでしょう? まだ寝ぼけてるの? だったらクイズ出してあげる。問題、わたしの通学路には何があるでしょう?」
優愛は教師のように言い、ベッドの縁に腰掛ける。
俺はのそのそと体を起こし、『……あー、そっか』と納得してクイズに答えた。
「……俺の家」
「ピンポーン♪」
にこやかに正解のメロディを口ずさむ、優愛。
一方、俺はぐったりと肩を落とす。
「いつだったかみたいに優愛が登校してるところにウチの母さんがゴミ出しにきて、俺を起こすのを頼まれたってこと?」
「以前はそうだったけど、今日は違うわよ? わたしが普通にお母様にお願いしたの。『真広を起こしにいってもいいですか?』って」
「あー……」
ウチの母親は俺と優愛が付き合っていることを知っている。
というか、プロポーズの後に結婚の挨拶もした。
まあ、それは『まずは2人とも学校を卒業して、将来のことはその後に考えなさい』と諭されてしまったのだけど。
ただ2人の仲は公認なので、母さんは二つ返事で許可したんだと思う。
「朝からこの私の美しい顔を拝めるなんて世界一の幸せ者ね、真広は」
「すごい。自分のルックスに対する自信がびっくりするぐらい揺るぎない……」
「え、だってそうでしょう? 人類のなかでも普通に上位数%レベルの美しさよ、わたし。たぶんハリウッド女優だって裸足で海を渡って逃げてくでしょうね」
「逃げてくのはいいけど、せめて船は用意してあげようよ。相手はハリウッド女優だよ? 素足で太平洋を渡らせるのは酷すぎる」
いや違う、そんな話じゃない。
反射的にツッコんでしまってから、俺はベッドの上で首を振る。
「起こしてくれるのはありがたいんだけど、もうちょっとこう、目覚ましとかを活用してくれた方が……朝一番に優愛がいると、俺の脳がバグるから」
「なあに? ご不満?」
「ご不満ではないんだけれども」
「そうよね、ご不満なんてあるわけないわよね。だってこーんな可愛い恋人が起こしてくれて、朝からあーんな良い思いが出来ちゃうんだから」
あーんな良い思い?
俺は目を瞬いて首をかしげる。
なんのことだろう?
確かに朝から優愛の顔を見られたのは良いことだけど、口ぶりからは何か別のニュアンスを感じる。
そうして俺が不思議そうな顔をしていると、
「……もう、気づきなさいよ」
優愛はどこか赤い顔で、ちょんちょんと自分の桜色の唇を指で示した。
その途端、俺は頬に触れた柔らかい感触を思い出す。
頭よりも体が覚えていた。
そしてその記憶がようやく頭に伝わってきた。
「ちょ、まさか……キスしたの!?」
「朝一番のほっぺにチュー。良かったわねえ、この幸せ者」
肘で突いてからかってくる。
が、そう言ってる優愛自身の顔が真っ赤だった。
照れ隠しなのが見え見え過ぎる……っ。
こんなの、こっちもなんて返していいか分からない……っ。
「……あ、うん。あ、ありがと……」
「なっ!? もうちょっと何か言い返しなさいよ!? まるでわたしが真広とまた付き合えて浮かれポンチになってるみたいじゃない!」
いやいや浮かれポンチって。
どう考えてもお嬢様の使うような言葉じゃない。
ただ、浮かれる気分は俺にも分かってしまう。
中3の卒業式で別れて。
高校の入学式で再会して。
色々あってプロポーズまでいき、晴れてまた恋人同士になった。
それから一週間ほどが経ったけど、俺も正直まだ浮かれている。
というのも――。
「……指輪、やっぱり似合ってるね」
優愛は俺が贈った指輪を常につけてくれていて、今もその薬指できれいな輝きを放っている。
あの指輪は俺と優愛の想いの証だ。
一度別れを経験した分、また一緒にいられることにどうしたって喜びが隠せない。
俺が素直な気持ちを口にしたせいか、優愛の表情も途端に柔らかくなった。こっちの視線に気づいて、薬指の指輪にそっと触れる。
「似合うに決まってるじゃない。あなたが人生を賭けてわたしに贈ってくれたものだもの」
窓から差し込んだ朝日が、彼女の柔らかい微笑みを照らしていた。
愛しさが滲み出るようなその笑みを見た途端、俺は自然と彼女の方へ寄っていた。
優愛の左手を包むように握り、顔を寄せる。
言葉は自然にこぼれてきた。
「好きだよ、優愛」
「な……、何言ってるのよ、朝から」
照れたように視線を逸らす。
でもぜんぜん嫌そうじゃない。
「朝からキスしてきたのは優愛の方だよ」
「そうだけど……頬にだし」
「だね」
「……真広、わたしにそれ以上のことしようと思ってるでしょ?」
「うん」
「うん、って」
「俺、優愛にキスしたい。ほっぺじゃなくて、唇に」
「……っ」
また付き合えた。
プロポーズもした。
これからは優愛ともっともっと近づきたい。
彼女に指輪を贈ったあの日から、俺のなかにはそんな想いが沸々と沸き起こっている。さっきは寝起きでびっくりしてしまったけど、俺もいざとなったらやる男なのだ。
「優愛、キスしよう。……だめ?」
息も掛かるような距離で囁く。
すると俺の可愛い恋人はかぁっと赤くなり、消え入るような声で答えた。
「だめ…………じゃない。あなたの好きにして」
その瞬間、俺は優愛の頬に手を添えた。
彼女もお嬢様な普段からは想像できないような素直さで身を委ね、俺の方へと顔を向けてくれる。
そうして朝から可愛い恋人とキスができる――と思った矢先だった。
声がした。
マイマザーの声だ。
「おっほん。仲が良いのはいいけど遅刻するわよ、あなたたち?」
「「ふあっ!?」」
俺と優愛は飛び上がるように同時に離れた。
「か、母さん! 勝手に入ってこないでよ!?」
「お、おばさま! どうしてここに!?」
「あのねえ……」
優愛曰く、ウチの母さんは俺が女性だったらこうなってたんだろうなぁ、という感じらしい。
そんなマイマザーは扉の前でお説教モードだった。
「私は基本的にあなたたちを応援してあげてるのよ? でも学生のうちはある程度の節度は守りなさい。真広は馬鹿みたいにがっつかない。優愛ちゃんも自分の体は自分で守る。いいわね?」
何気にウチの母さんは俺たちのまわりの人間関係のなかで一番の常識人だったりする。なのでこうやって正面から叱られると、もう反論できない。
息子の俺はもちろん、パーフェクトお嬢様の優愛でさえ、そうだった。
なので俺たちは同時に平身低頭。
「「はい、以後気をつけます……」」
「よろしい」
そんなこんなで。
俺と優愛の新しい日々はもう始まっている。
次回更新:明日
次話タイトル:『第19話 真広と優愛、全校集会でついつい密着してしまう』




