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枕奪還作戦

作者: 春名功武

「なんか、いつもと違うな…」

 ワタシはベッドに横になってすぐに違和感を覚えた。枕がどうもしっくりこないのだ。


 隣で眠る妻を起さないよう、頭を置く位置や角度を変えたりしたが、一向にいつものフィットする場所を見付ける事が出来ず、困惑する。試しに枕を裏返してみるが、余計に酷くなった。


 こうなると、考えられる事はひとつだ。これは、ワタシの枕のふりをした別の枕に違いない。確かにこの青地に白の水玉模様が入った枕カバーは、ワタシのである。しかし肝心の中身が違うのだろう。


 ワタシは上半身を起して妻の寝顔を見下ろす。妻の使っている枕こそ、ワタシの枕であるに違いない。妻が枕カバーを掛ける時に間違えて、ワタシの枕に妻の枕カバーを掛けたのだ。ピンク地に白の水玉模様の枕カバーを着せられたワタシの枕。女装趣味のある男性のように見えて来る。


 仄かに光る豆電球の明かりの中、妻のスウスウという寝息が聞こえてくる。妻は半年ほど前から、趣味で社交ダンスを始めた。レッスンがキツイのか、社交ダンスのあった日は、死んだように眠る。おそらく枕が違っていることなど気が付いてもいないのだろう。


 さて、どうする。このまま無理矢理でも、目をつぶっていれば眠れるだろうか。いや、枕が変わると眠れないという性質が、そう簡単に改善するとは思えない。じゃあ、どうすればいい。必死に思考を巡らせる。やはり妻を起して、枕を変えてもらうか。


 ワタシは改めて妻の寝顔を見下ろした。気持ちよさそうに眠っている妻を起こす気にはなれなかった。それにしても、社交ダンスを始めて、妻はますます綺麗になったんじゃないかと思う。体を動かすと血行が良くなり綺麗になるのかもしれない。


 ワタシは躊躇いながらも、先程思い付いた〈枕奪還作戦〉を試す事にした。もうそれしか、この窮地を脱出する方法はない。悩んでいる場合ではないのだ。こうやっている間にも刻々と時間は過ぎていく。明日は大事な商談があり、上司からプレゼンを任されている。寝不足など、絶対にあってはならないのだ。


 枕奪還作戦には、大きく分けて4つの工程がある。1、妻の首と枕の間に腕を滑り込ませる。2、妻をワタシの方に引き寄せて腕枕する。これでワタシの枕から妻を引き離す事が出来る。3、妻の首から腕枕している腕を引き抜きながら、同時に妻の枕を妻の頭の下に持ってくる。4、妻を乗り越えて先程まで妻が寝ていた位置に移動する。すなわち、ワタシと妻の寝ている位置を変えて、枕をゲットするという作戦だ。枕を変えるのではなく、寝ている位置を変える。今思い付く限りの最善の手だろう。


 ワタシは作戦を実行に移すため、改めて妻の隣に横になる。目を瞑り、イメージを膨らませる。このままうっかり寝てしまったら、どれほど楽かと思ったが、そうはならなかった。


 目を開くと、豆電球の明かりで天井が夕焼けのようにオレンジがかっていた。仰向けのまま、ゆっくりと妻に近づいていく。妻の体温が感じられる位置まで来ると、体を妻の方に傾ける。第1工程に移る。妻の首と枕の僅かな隙間を狙って、腕を通していく。


 妻を起こす事なく、無事に腕を通すことが出来たので、そのままの勢いで、第2工程である、妻を引き寄せようかと思ったが、焦りは禁物。一旦落ち着くことにした。深呼吸を2度する。


 ここからは、慎重かつ大胆な行動が必要となる。妻の頭の下にある腕をゆっくりと持ち上げながら、妻の体を引き寄せていく。狙い通り妻はこちらを向いて寝返りを打ち、そのままワタシの腕と胸の間に収まった。腕枕を完成させる。妻の寝息は健在で、起きている様子はなかった。


 鼻先に妻の手入れの行き届いた髪の毛がある。シャンプーの良い香りがする。しばらくこうしていたい気分になる。考えてみたら、腕枕をすることなんてなくなった。昔はよくせがまれたものだ。


 作戦通り、妻を引き寄せて腕枕したことで、妻側のベッドの端にスペースが出来ている。次の工程に進む。妻の頭から腕を抜くのと同時に、妻の枕を妻の頭の下に持ってくる。これはなかなか難易度が高い。でも、やらなければ、ワタシに安眠が訪れる事はない。


 安眠まであともう少し。行動に移ろうとしたその時、突然、妻が寝ぼけたように言った。

「なんか、いつもと違う…」

 妻はワタシの腕から離れて、元の位置で眠りだす。機先を制された形となり、ワタシは声を出せなかった。振り出しに戻った。いや、そんな事よりも…


 妻の発した「いつもと違う」とは、いったいどういう意味なのだ。腕枕のことか…いつもと違う腕枕…社交ダンスで鍛え上げられた筋肉質な男の腕が、脳裏に浮かんだ。


 ワタシは上半身を起して、最近綺麗になった妻の寝顔を見下ろした。ますます眠れなくなってしまった。


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