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奇妙な晩餐会「カクテル・イエナシ」

作者: 等々力天海

挿絵(By みてみん)

 リストラを通告された斉藤新太郎は54歳。

 

 半生を捧げた会社は外資系に買収され、年長者を中心に早期退職プロジェクトが発令され、会社に残ってもやりがいのある仕事からは隔離される事を提示されたその週末、彼は会社に辞表願いを出す決意をした。

 

 しかし30年以上にもわたる苦労と経験から来る会社への愛ゆえに、彼はその金曜、退職届を提出することができなかった。

 11月も飛ぶように過ぎて行き、冬は深まるばかりだった。


 自分の半生はいったいなんだったんだろうかと考えながら、夜の公園をうつむき加減で歩いていると、なにやら騒がしい音がする。

 ふと見ると何人かの人影が焚き火を囲んでいるのが見えた。

 まるで虫が明りに惹かれるように、寒さに身も心も凍えた新太郎はその火の方へとフラフラと歩いて行った。


 火の周りを囲んでいたのは、いわゆるホームレスと呼ばれる男たちで、いずれもかなりな年寄りと思われる一団だった。

 どこからか調達してきたのか、様々な酒をみんなで回し飲みしながら、ご機嫌に焚き火の周りで騒いでいるのだった。

 その中の一人が、暗闇の中でうっすらと炎の明りに照らし出された新太郎に目を留めた。


「お、なんだいあんた、なんか用かい?」


 老人たちは一斉に新太郎を見た。

 視線を集めてしまった新太郎は、しどろもどろで話しだす。


「あ、い、い、いや、あの、その、そ、その火に、あのえと、少しあたらせてもらえませんか、あの、よろしけれ……ば」


 老人の中でも一番年長そうな、立派な髭を生やした老人が応えた。


「ほう……、ああ、いいさ、今日は寒い、あたりなさいあたりなさい。ホラそこちょっと空けて、ほら、あんた、こっちきなさい、わしの横に来なさい。ホラそこちょっと詰めてったら」


 新太郎は思いのほかあっさりと焚き火を囲む輪の中に入れてもらえた事に安心していた。そして反対に、一生懸命会社のために働いた自分を、いとも簡単に邪魔者扱いして捨ててしまった組織の冷たさが、老人たちの暖かさでよけいに際立って感じられ、こみ上げるように涙が溢れてくるのだった。


「ははあ、そうか、あんた、リストラされたのか」


 ヒゲの老人は、新太郎が出せなかった退職願の封筒をしげしげと見ながら言った。


「まああんた、飲みなって、別にサラリーマンだけが人の生き方ってわけでもないしさ、まま、まままままま」


 気のいいハゲ頭の小柄な老人が、ニコニコと笑いながら一升瓶を回してくる。


「わ、私は、30年も……うううう、か、会社のために……ううう。」

「ああ、はいはい、ままままま、ぐっと一息」


 促されるままに新太郎は一升瓶を傾けた。

 中に入っていたのは、明らかにいろんな酒が混ざり合ったものだった。

 しかしそれは爽やかな匂いがして、喉の奥をやさしく刺激した。

 すると不思議なことに心にへばりついていた、怒りや悲しみが酒に溶けて流れていくように消えていった。


「へへへへ、うめえだろ、そっちの源ちゃんが作り方を確立したんだ。名付けて『カクテル・イエナシ』ってんだ、あっはっはっは」


 源ちゃんと呼ばれた老人は、酒で真っ赤になった顔をくしゃっとゆがませて笑った。


「混ぜる順番がな、トップシークレットじゃて」


 その言葉を聞くや否や、その場にいた全員が大きな声で爆笑した。

 新太郎は涙でピカピカ光ったほっぺたで、やはり皆と一緒になって大きな声で笑った。

 まあそうか、確かに人生はサラリーマンでいることだけが唯一の道ではないな。こんなところでたむろしているこの老人たちだけど、この明るい表情はどうだ、喜びに満ち溢れているじゃあないか。人の幸せなどというものは、その人それぞれの価値観で決まるのだと、頭では分かっていたつもりの新太郎は、やがて巻き起こる『ブルーライト横浜』の大合唱の騒ぎの中で、なんとなく明日からも生きてゆけるのではないかなあと、もう一口『カクテル・イエナシ』をやりながら思うのだった。


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