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第69.2話


「すごく綺麗でした! リーゼ様にも見せてあげたかった……!」


王宮内の一室では、いまだ興奮冷めやらぬアリスが目を輝かせていた。


「あー、エリィも王宮に来てるよ。さっき庭園で会ったんだ。いまごろ見てるんじゃないかな、殿下の霊風花(たまかざはな)


窓の外、今もなお雪のように舞い落ちる魔力の粒を眺めながら、丸卓子(テーブル)を挟んだ向かい側では、騎士団の制服姿のギルバートが、鞘に収めた剣を椅子の脇に立てかけ(くつろ)いだ様子で座っている。


「えっ! 会いに――」


「――行くのは、ダメだろーね」


「ですよね……」


即座の否定。一瞬にして意気消沈したアリスはしょんぼりと肩を落とした。


「でも今日って……私、必要だったんでしょうか? なにも霊風花(たまかざはな)にこだわらなくても、聖水を作ったら残りの魔力は温存しちゃえば、じゅうぶん余力を残せたと思うんです。クラウス殿下だったら」


「殿下の霊風花(たまかざはな)は本人に似合わずド派手だからなー。今年だけ規模を抑えたりしたら勘ぐる奴が出てくるんだよ。ご病気なんじゃないか、とかね。崩御された先代王妃殿下が魔力の病だったのもあるし」


「そうなんですか……。いろいろ大変なんですね」


王宮の中でもやや奥まった、人足の少ない場所に位置する貴賓室。

任務を終えた現在も、アリスはこの部屋での待機を命じられている。ギルバートはその護衛役だ。


「話し相手が俺だけで悪いね。侍女のひとりでも付けれればよかったんだろーけど」


「ギルバートさんが謝ることないですよ。関わってるひと自体、少ないみたいですし。こっちこそ、忙しいのにすみません。護衛はいらないって言ったんですけど……」


「いーのいーの。見習い騎士の仕事なんて見回りぐらいしかないんだから。こんな可愛らしい"愛し子"の護衛の任に就けましたこと、光栄至極に存じます」


ギルバートは座りながらも、もったいぶった動作で騎士の礼の真似事をすると片目をつぶる。


「……つっても最近じゃ、武芸の演習でアリスちゃんに勝ててないんだけどねー」


そうおどけてみせるギルバートに、アリスは「ふふっ、負けませんよー」とにっこり笑った。


「私も、騎士団に入団させてもらうこと、確約してもらったんです。卒業したら同僚ですね」


王宮騎士団への入団――特に、将来的に王太子妃の近衛が見込まれる部署への配属。

次にザイフリート公爵となる者の養女として"公爵令嬢"の立場はそのままに、新たに子爵の爵位や、王都の屋敷や宝石など、今回の働きで王宮より賜与(しよ)されるさまざまな褒賞のうち、アリスがみずから望んだものはそれだけだ。


「クラウス殿下も、私が騎士団へ行くこと、賛成してくれてて。……いえ、あれは賛成、というより……」


「どうかした?」


少し考える素振りを見せたあと、アリスは言葉を続けた。


「もしかするとクラウス殿下は、私に精霊王になってほしくないんじゃないかなって、思うんです」


「……どーしてそう思うの?」


言いながら、ギルバートはそれとなく扉のほうへ目を向ける。


年頃の女性であるアリスに対する配慮として扉は開けたままだ。

部屋から少し離れたところにはもうひとり、ギルバートとともにアリスの護衛を任された兵士が見張りに立っている。彼がこちらへ近付く気配がないことを確認してから、ギルバートはアリスへと視線を戻した。


「私、師匠……クラウス殿下のことは、信用しています。尊敬もしてますし。王宮には報告せずにいてくれるっていうお言葉も、信じてます」


5種の魔術の適性を持つアリスに、新たに〈火〉の魔力が芽生えたことを、王太子クラウスは秘匿している。

彼のほかにこれを知る者は側近のウィルフリードと、前世について洗いざらい白状させられて以降すっかりクラウスに首根っこを押さえられてしまったギルバート、ふたりだけだ。


「そもそも最初に内緒にしてほしいってお願いしたのは私です。王太子妃の近衛兵になりたいって、ギルバートさんにも言ったこと、ありますよね。……王太子妃なら誰でもいいってわけでは、ないんですけど。精霊王になってしまえば騎士団に入るなんて、無理ですよね? 王さまに仕えるのが、騎士ですから。私、せっかく見つけた夢を諦めたくなかったんです」


その点についてはギルバートも同意見だった。

確かに、精霊王に即位してしまえば騎士の道は難しい。


この国で"精霊王"とは国王の更に上に位置する存在だ。

精霊王となった者が私利私欲に走る、または敵対勢力の手に堕ちることを防ぐため、王宮は総力をあげて彼女を囲い込もうとするだろう。


(まーほぼ間違いなく、王宮のお偉方は次代の王であるクラウス殿下と結婚させようとするだろうな。手っ取り早くて外聞もいい。『エバラバ』の"クラウスルート"が、まんま()()だったワケだ。ゲームじゃ殿下とアリスちゃんは相思相愛だったから、それでハッピーエンドだったけど、現実は――)


「殿下は規律に厳しいかたです。他人にも、自分にも。私のわがままなんて、聞き入れてもらえない可能性も、考えてはいました。かといって、私の意思を尊重してくれた……とも、違って。あの殿下が規律よりも私情を優先するなんて、理由はひとつしか、ありませんよね」


エメラルドの瞳に確信めいた光をひらめかせ、アリスがいたずらっぽく微笑む。


「このこと、私のわがままであるのと同時に、殿下のわがままでもあるんじゃないかなって、そう感じたんです。私が精霊王だってことは隠しておいて、もしくは精霊王になってしまう前に……ええと、つまり、周りから反対の声があがらないうちに、ご自分はさっさと結婚してしまおう、なんて考えているのでは、と」


天井をふり仰いでギルバートは笑う。


「いやー、まいったぁー。アリスちゃんには全部お見通しかぁー」


アリスのことを「純真無垢な鈍感系ヒロイン」だと思い込んでいる(あか)髪の友人の顔を思い出しながら。


「しっかし殿下、アリスちゃんにも説明してあげたらいーのにな。言葉が足りないんだよ、あの男は」


「用心深いかたですから。私が『やっぱり精霊王になります』なんて言い出して、おふたりの邪魔をしないか、警戒してるんだと思います」


「いやいや、まさか……」


「もちろんそんなこと、しませんよ? いつだったか、殿下は私と『利害が一致する』なんておっしゃったことがありました。『利害が一致』、確かに、その通りです。私は王太子妃になりたいとは思いませんし、リーゼ様が幸せになるのなら、それがいちばん嬉しい」


天使だ。あとかわいい。

ギルバートは思った。


「でももしそうでないのなら、今すぐにでも精霊王になって、なにもかも、ぜーんぶ、ぶち壊してやります!」


「ぶち……はは、アリスちゃん、けっこー過激な冗談を……」


「私、本気ですよ」


「えー、あ、あははー……」


にっこりと花のような笑顔を浮かべるアリスは、『ヒロイン』の名に違わずかわいらしい。

かたや、ギルバートの笑顔はひきつった。



その頃、式典を終えた王宮聖堂では、王太子を筆頭とした精鋭たちが、アロイジウス捕縛に向けてあわただしく動いていた。


そんななか、王太子クラウスのかたわらに現れたひとりの男。

突如として姿を現したかに見えた男の姿に、クラウスのそば近くにいた宰相やウィルフリード、数名の兵士たちは、ハッと息をのむも、すぐに警戒を解いて各々の仕事に戻る。

男が王室専属の"影"の官服を着ていたからだ。


"影"はクラウスになにやら耳打ちすると、再び背景に溶け込むように姿を消した。


「アロイジウスが旧聖堂でリーゼに接触した」


低くよく通るクラウスの声を聞き漏らした者はいなかったが、そのなかの誰ひとりとして反応できなかった。


「えっ――殿下!!」


クラウスに背を向け兵士たちに指示を出していたウィルフリードが振り向いたとき、すでにクラウスは駆けだしていたのだ。


「――……は?」


またたく間の出来事だった。

周囲の者はみな一様に、あっけにとられたまま、その姿をただ見送ることしかできない。


(アロイジウスが、リーゼに? 今日にかぎって、アロイジウスがアルヴァハイムに干渉する理由はないはずだ。それに彼女にはカロリーナ殿が付いている。危険は及ばない……しかしクラウス殿下が)


ウィルフリードの脳裏にさまざまな疑問が浮かぶが、ひとつとして考えはまとまらない。


その場の誰よりも早く動いたのは、宰相ゲオルグだった。


「近衛! 殿下の後に続け!!」


鋭い声に弾かれるように、クラウスの近衛騎士たちが走りだす。


「騎士団長に伝令! これよりアロイジウスの捕縛に入る! 今回の件を知るすべての兵は旧聖堂へ。その際、クラウス王太子殿下の御身のご無事を第一に優先せよ!」


伝令の兵士が外で待機する騎士団長の元へ向かうのを目で追いながら、ゲオルグはウィルフリードに問いかけた。


「ウィルフリード殿。アロイジウスの居場所は」


「はっ。確かに旧聖堂方面にいます」


使い魔を尾行に付けているウィルフリードにはアロイジウスの居場所がわかる。

使い魔の白蛇の魔力は、確かに旧聖堂方面から感じられた。


「我々も向かおう。旧聖堂か……距離があるな」


ゲオルグとウィルフリードは兵士たちを引き連れ、旧聖堂へと足を進める。進めながら、隣りでゲオルグがぼそぼそとつぶやく声を、ウィルフリードは聞いていた。


「ウィルくんウィルくん。なんで殿下はひとりで行っちゃったの? 狙われてるの、ご自分なのに。アレ、魔術まで使ってたよね。あんなの近衛だって追いつけないよ。(ワシ)なんも聞いてないんだけど。(ワシ)、宰相なのに……」


「……宰相閣下、素が出ています」


普段は世間体を気にして厳格な態度を心がけているゲオルグだったが、本来の気性は結構ゆるめだ。


「今日は朝から忙しいし殿下は謎に突っ走っていっちゃうし、(ワシ)もう帰りたくなってきちゃった。早く帰ってミィちゃんに会いたい」


「ミィちゃん」とは、宰相ゲオルグが屋敷で飼う猫の名前である。

親しみやすい名前とは裏腹に気品あふれる長毛の灰猫で、時折ゲオルグの寝室の前に死にかけのセミなどの置き土産をお見舞いしていく。


(クラウス殿下。あとでたっぷりと宰相閣下に叱られてください。だから、無事でいてくださいよ……ふたりとも)


ゲオルグの疑問に曖昧な笑いを返しながら、ウィルフリードは旧聖堂へと急いだ。





70話→

https://ncode.syosetu.com/n7010ge/70/

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