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第8話 アリス・アイメルトの舞踊

イドニア王国立魔術学院には、貴族の生活に必要な作法を学ぶ〈礼節〉の授業がある。


今日の科目はダンス。

学院の敷地内にあるダンスホールで行われているのだが、


「ダメだわ……ぜんぜんダメッ………!」


わたくしエリザベータ ・フォン・アルヴァハイムは、目の前の光景に戦慄(わなな)いていた。


授業の内容は、〈礼節〉の担当教員であるシュペール夫人の前でひとりずつステップを披露して、改善点等を指南してもらうというものだった。


何がぜんぜんダメなのかというと、

アリスのダンスがぜんぜんダメだったのだ。


「アリス嬢は形になってきましたね。これからも基本のステップを中心に自主練習に励む様に」

「ありがとうございました」


シュペール夫人にアリスが礼をする。


盲点だった…!

貴族にはデビュタントもあるし、大抵の家で幼少の頃から家庭教師を付けるので、学院に入学した段階で既に踊れない人間の方が稀だ。

だが、平民であるアリスにダンスの経験などある訳もなく―――それでも練習したのだろう―――編入からの短期間で、シュペール夫人の言う『形になってきた』だけでも本来ならば上出来なのかもしれない。


「でもそれだけじゃダメなのよ!」

「どうしたのですかエリザベータ嬢!」


シュペール夫人が突然叫び出したわたくしにギョッとしてこちらを向いた。


どうしても我慢出来ない。

わたくしはツカツカと歩み寄り、シュペール夫人の隣に立つアリスを手にした扇でビシィッと指した。


「アイメルト様貴女(あなた)!その程度の腕前でクラウス様のパートナーを務めるおつもり!?」


「クラウス殿下のパートナーって…?」「来月の歓迎会の事よね?」と女生徒達がザワつくが気にしない。


「児戯!児戯ですわ!その有様でクラウス様と踊ろうだなんて片腹痛くってよ!」


現状程度に踊れれば、多分クラウス様のリードがあればそれなりには見える。一枚絵(スチル)だったので気付かなかったが、きっとゲームではそうだったのだろう。

しかしそんなことはわたくしのプライドが許さない。


ギッと勢い良く視線を移すと、シュペール夫人の肩が跳ねる。「ヒッ」とか聞こえた。


「シュペール夫人!アイメルト様をお借りしますわ。あちらの空いているスペースを使わせていただきます。よろしいですわね?」

「はいっ…」


勢いに呑まれたまま返事をするシュペール夫人だが、伯爵夫人なのでアルヴァハイム侯爵令嬢のわたくしに強く出られなかったのかもしれない。

権力はこういう時に使わなければね。


「あ、あの、エリザベータ様…?」

アリスは戸惑いながらも、わたくしに手を引かれるまま素直に付いて来る。


ダンスホールの空いているスペースまでやって来て、わたくしはアリスに向き直った。


「構えなさい、アイメルト様!」

「こっこうですか?」

「違う!戦いではないのよ!ダンスよダンス!」


おずおずとだが拳を構えるアリス。

この子武力でわたくしに反撃するつもり?


そういえばアリスは〈武芸〉の授業も選択していたわね。

〈武芸〉は女生徒に関しては選択科目で、履修しているのはごく少数。貴族令嬢は基本的に戦わないからだ。

わたくしも〈武芸〉は選択していないけれど、〈武芸〉って剣を学ぶものじゃないの?この子今素手で構えたけど、まさか授業で殴り合いなんて教えてないわよね?


「わたくしが男性パートをやるわ。先程シュペール夫人の前で踊ったワルツのステップをもう一度」


差し出した手に「はい…」とアリスが手を重ねるのを確認して、ゆっくりめにステップを踏み始めた。


「背筋を伸ばして!」「足元を見ない!頭を上げなさい!」「そこはつま先を意識する!」


わたくしの遠慮ない叱咤にアリスは必死に付いてくる。


一緒に踊ってみると分かるが、この子は勘が良い。

不慣れではあるものの、リードしてやると意図を汲み取ってこちらの動きに合わせてくる。アリスは相手の機微を読み取るのが得意なのかもしれない。乙女ゲームのヒロインになる筈だわ。

だがいかんせん経験が圧倒的に足りていない故か、苦手なステップでは体勢を崩してしまいがちだ。


「まぁ、不格好なダンスですこと」「うふふ、エリザベータ様も人が悪いですわ」


いつの間にか見物に集まって来ていた女生徒達がヒソヒソと揶揄する声が聞こえる。

わたくしがアリスを公開処刑的に虐めていると思っているのだろう、悪役令嬢(わたくし)的にはそう思ってくれた方が好都合なのだが、悪意に反応したアリスの動きが強張りステップを踏み間違えてしまった。

「まぁ!」「クスクス」と追い討ちをかけるかの様な野次馬達の嘲笑に、アリスが恥じ入る様に俯く。


「顔を上げなさい、アリス・アイメルト」


わたくしの声に、はっとアリスが顔を上げた。

視界に大きなエメラルドの瞳が飛び込んでくる。

かっ可愛い…この子、また〈魅力(うで)〉を上げたわね。


「背筋を伸ばして堂々となさい。周りが何と言おうと、自分が受け入れるべき言葉は自分で選択するのよ」

「エリザベータさま…」


わたくしは悪役令嬢特有の意地悪顔でニヤリと笑った。


「落ち込むくらい周りの言葉が聞こえるだなんてまだ余裕がある証拠ね。少しペースを上げるわよ、付いてらっしゃい!」

「えっええっ!?待っ…!」


ギアを一つ上げていくぞッ!


アリスの体を引き寄せ遠心力を加えて多少強引にぐるんぐるんと回転した後、また一から、今度はテンポを上げて基本のステップを踏み始める。


歓迎会まで時間がないのよ。

陰口なんぞに気を取られる暇もない程しごいてやりますわ!


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[一言] 体育会系ですねw
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