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第72話 クラウス・グランツ・フォンシュルツェブルクについて④

アロイジウス・ヴォルフとして生まれ、親を(うしな)い学んだ事は、力無い者は奪われるという事だ。


持たざる者には与えられず、持てる者ほど益々(ますます)肥える。

なんとも理不尽な話だが、どうやらそれがこの世の(ことわり)というものらしかった。


精霊信仰の此処(ここ)イドニア王国では、二種以上の〈魔術〉の適性を持つ"愛し子"には様々な優遇措置が有り、平民であっても爵位を賜る事が可能となる。

"愛し子(それ)"に自分が該当していると知った時には、自分にも与えられたものが有ったのだと、初めて精霊に感謝したものだ。


子爵位を得た私はアロイジウス・フォン・クルーガーに名が変わったが、力を持つ者がより多くを手に入れる構造は貴族の世界も変わらない。


欲しければ奪えば良いし、それが出来ないのならば力を持てば良い。


戦争で立てた武勲では陞爵(しょうしゃく)にまでは及ばなかった。


ならば手早い方法は、上位貴族の婿となる事だ。

この王国では、貴族は配偶者に付随した権威を得る事が出来る。


伯爵夫君となった私はアロイジウス・フォン・シャウエルテに名が変わったが、まだだ、まだ足りない。


私と繋がりが出来てしまった事は、ザイフリート公爵家にとっては不運であったろう。

夫の死に―――それもシャウエルテ伯シャルロッテと連れ添ってだ―――ひどく心を痛めたザイフリート公ディアナが同じ立場であった私に心を許し、私がザイフリート公爵夫君の座に収まるまでに然程(さほど)時間はかからなかったし、ザイフリート公爵()夫君とシャウエルテ伯シャルロッテの死は不義密通の末の情死として片付けられた。


二人の潔白を唯一知るザイフリート公爵家の執事は、不義密通の証拠となった色文を偽造した自責の念に押し潰され、(みずか)ら死を選んだ。

彼は最期の瞬間まで、全てを仕組んだのがこの私であるとは疑いもしなかっただろう。


公爵夫君となった今や、王国の権力中枢へ食い込む事すら夢物語ではない。


しかし、国王に(おもね)り取り入ろうと近付く私の画策を何度も阻んだのが、前王妃クリセルダであった。


絹糸の様に流れる蜂蜜色の金髪を持つ女。

心の奥底をも見透かす様な理知のまなざしは、春の新芽を思わせる萌黄(もえぎ)色をしていた。

あの女の冷徹な美しさがふと溢す甘やかな微笑みに、何人の男が虜になったか分からない。


清淑の仮面を被った古狐の様なあの女が、まさかあんなに呆気なく、病などで死ぬとは思わなかった。


国王は愚かだ。

国を統べる人間にとって「人の良さ」は長所とは呼ばぬ。

私の言葉に何の疑いも持たず、馬鹿正直に同情を寄せる愚か者。

いっそ私の傀儡になってしまった方が、王国にとっても良いのではないのだろうか?


あれほどまでにして欲しかったものが(つゆ)と消え、力を求める理由ももう無い。

しかし、ここまで来て止まる訳にもいかない。


そんな私の企みを、またしても阻む者が現れた。


()だ幼いと油断していた。

あの女によく似た、あの女の子供。

―――王太子クラウス。


私の国王への干渉を牽制しながらも、宰相と共に瞬く間に王宮の地盤を固めるその手腕は、(とお)やそこらの子供とはとても信じ難い。


何度となく懐柔を試みたが(ことごと)くが失敗に終わった。


成長する(ごと)に、まるで生写しであるかの様に母親に似ていく顔立ち、その見透かす様なまなざしが、萌黄(もえぎ)ではなくフォンシュルツェブルクの藍である事に、言いようのない苛立ちが掻き立てられる。


思い通りにならぬのなら消えてもらうまでと、行動に移したのが早計だった。


フォンシュルツェブルクの〈魔術〉―――他より魔力が高い程度の認識だったものが、まさかここまでとは。


私の両の腕はまるで幻の様に消え去った。

痛みは無いし、地面に平伏す私に確かめようも無いが、どうやら出血も無い様だ。

こんな〈魔術〉、戦場でも見た事が無い。


王太子暗殺の画策が暴かれた私は、両手を失い、兵士に拘束され、王太子(みずか)らの沙汰を受けている。


証拠も押さえられ、既に大司教の承認済みという手回しの良さ。

近衛騎士を抱き込んだ事も無駄に終わった―――気付いて敢えて、泳がされていたのだ。


「書状を復元」―――有り得ない。

あれは残らず燃やし尽くした筈だ。これもフォンシュルツェブルクの〈魔術〉なのか?

そもそもが、私の許可を得ず屋敷に入り込める者など―――


―――"愛し子"か!


ザイフリート公爵家の養女となった"愛し子"アリスは、現在は我が屋敷で生活している。


おかしいと気付くべきだった。

自分の妃となる人間を、易々(やすやす)と私の手の内に収めておくような男ではないと疑うべきだった。

恐らくアリスは、妃候補などでは無い。

"愛し子"を間諜にするとは……(ようや)く王太子の弱みを握ったと、内心喜んだ私が愚かだった。


「爵位剥奪の上、死罪に処す」


憎たらしいまでに平然と、淡々と降り注ぐ声。


それを聞いて尚、私は諦めてはいなかった。

(へつら)い、欺き、ここまでのし上がって来たのだ。


拘束する兵士達に体を起こされる。


クラウス王太子は、自分を狙った他国からの暗殺者であっても、使えるとあらば「暗部」に引き入れる男だ。


この男は、"愛し子"ですら手駒とするこの男ならば、例え表向き「刑を下した」体裁を整えたとしても、「自分にとって有益であるならば生かして使う」という確信があった。


()だだ。()だ機会は残されている。

この男にとって「私」という人間には、()だ利用価値が有る筈だ。


そう思っていた―――顔を上げ、王太子(その男)の瞳を見るまでは。


フォンシュルツェブルクの藍色の瞳。

それは星月夜の海の(ごと)く深い藍。


しかし、今の王太子のそれは。


見上げた先からは、薄藍色よりも更に白、いっそ壮絶なまでの藍白(あいしろ)に染め上げられた瞳が、ただ静かに、しかし果てなく冷酷に、私を見下ろしていた。


フォンシュルツェブルクの加護『精霊の怒り』。


国王陛下のそれを目にした事もある。

怒りの感情で瞳の色が変わる特質など、為政者にとっては足枷にしかならぬと内心では(あざけ)っていた。


それがいざ自分に―――この男から自分に向けられたこの時。


藍白の視線に射抜かれた我が身は恐怖に凍り付き、口を開く事すら叶わない。

だと言うのに、感情の欠片すら浮かべぬ整った顔の造形はこの世のものとは思えぬ程に美しく、この状況下にして見惚(みと)れてしまう。


これが、自分の抱くこの感情が、「(おそ)れ」であると、私は今更ながらに理解した。


触れてしまったのだ―――『精霊の怒り』に。


こんなものは知らない。

凶刃を向けられようと、臣下に裏切られようと、この男がこれ程までの怒りを露わにした事は、今まで無かった。


何故。

私は何処で間違えた?

何がここまでこの男の逆鱗に触れた?


何も分からぬまま、私は全てを諦め―――只々(ただただ)(こうべ)を垂れた。





追加分72.1話→

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[一言] 「·····君は君が思っているより周りに大切にされているよ」 さっきそう自分が言ったばかりじゃないか
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