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第7話 想いは届かない

「アイメルトと言えば」

「ハイ」


はっ。

折角のクラウス様とのお茶会中だというのに少しばかり自分の世界に入ってしまっていたようね。


「最近学院の一部でリーゼがアイメルトを虐めているという噂が立っている」

「ええ。そうですわ」


アリスに挨拶がてらの軽いジャブをかまして以降も、わたくしは地道な活動を続けている。高圧的に話しかけてみたり擦れ違う度に嫌味を言ってみたり、ゲームのエリザベータを参考に自分なりに頑張っているのだけれど、噂がクラウス様の耳に届く程になったのね。

努力が身を結んだという、確かな手応えを感じるわ。

ちなみにリーゼというのはわたくしの愛称だ。


「…事実なのか?」

「はい」

「アイメルトにも直接聞いてみたが『それは違う』と言われた」

「はい?」


なんですと?


「ええと、それは、アリス様は他人の悪口を言う方ではないので、遠慮されているのだと思いますわ」


恐らくそれね。辛い気持ちを堪えて「私は大丈夫です」と健気に強がっているのだわ。ヒロインとはそういうものよ。

そしてそれに気付いて慰めてくれた男性にグラッと……

クラウス様、そこです。そこを突くのですわ!


「むしろリーゼに感謝しているそうだ」


は!??


「何故に!?」

「アイメルトの母親の事で噂が立っていただろう。リーゼが他の令嬢達の前で否定した事で口さがない噂も無くなったと喜んでいた」


いやいやいやいや。


噂ってあれよね?アリスの母親が娼婦だとかいう。

そりゃ噂も減るわよ。だって権力。わたくしには権力があるから。権力があるという事は影響力もあるという事よ。

しかし、そもそも平民の生活をよく分かってない貴族の偏見から生まれた根も葉もない噂がいつまでも続く方がおかしいんだわ。わたくしが何も言わなくても勝手に収まっていったでしょうよ。


わたくしは動揺を悟られない様「ほほほ」と控えめに笑う。

本当なら扇でパタパタしたい所だが、今は封じられている…いつも扇を持っている左手が寂しい。


「アリス様は何か誤解されているのでは?確かに噂は否定しましたけれど、それはただ事実と違っていたからで、わたくしは日々小言や嫌味を言ってアリス様を虐めていますのよ」


ていうかわたくしの地道な嫌味(どりょく)は?

まさか効いてな…違う!ただの強がりに決まっているわ!


「リーゼ」

「アリス様の言う事に惑わされないでくださいませ。平民出の小娘と婚約者のわたくしと、どちらを信じるのですか!」

「聞け」

「ハイ」


あら?ちょっと今のわたくし、悪役令嬢っぽかったんじゃない?

「小娘」とか。「小娘」だって。

ふふふ。自然とこんなセリフが出るなんて、仕事が板に付いてきた…というところかしら。


何だかよく分からなくなってきた会話にもクラウス様は表情ひとつ変えない。凛々しい顔立ちはまるで芸術作品の様に整っている。

かっこいい。


「…リーゼがアイメルトを虐めていると思わせたいのであれば、俺の前では正直に言わずに『やっていない』と知らぬ存ぜぬを通した方が効果的なのではないのか」

「! 確かに!!」


王太子であるクラウス様は動きのひとつひとつが優雅に洗練されていて、「どうせ俺の耳には届くのだからな」と紅茶を飲む様も美しい。

かっこいい。


成程クラウス様の言う通り、そちらの方がより悪役令嬢って感じがするわね。

あえて隠す事で信憑性を演出…クラウス様ってかしこい!


「その通りですわね!流石はクラウス様!勉強になりますわ」

「それは良かったな」


藍の瞳を伏せて深く溜息を吐く姿には色気すら感じる。何か疲れる様な事でもあったのだろうか。

かっこいい。


「リーゼの話が意外すぎて言い忘れる所だった。来月の歓迎会だが」


やがてその藍色をこちらに向けてクラウス様が口を開いた。


「二曲目はアイメルトと踊る事になった」

「まあ、そうですの」


知ってたけどね!

『エバラバ』で見たからね!


歓迎会というのは、新入生が学院生活に慣れてきた頃、生徒同士の親睦を深める為に開催されるダンスパーティー。

生徒会長―――クラウス様のダンスに始まり、後は思い思いに好きな相手と踊る。


クラウス様のパートナーは勿論婚約者であるわたくし。去年もそうだった。

その次にアリスと踊るとクラウス様は言っている訳だ。

割と自由なパーティーなので、何曲も立て続けに踊るとかでなければ婚約者以外と踊っても咎められないのに、前もって教えてくれるあたりクラウス様は律儀ね。


ゲームでは好感度の高い順に踊っていくので、

二曲目に踊るという事は、アリスにとっての一曲目のパートナーがクラウス様という事で、現時点でクラウス様からの好感度が一番高いという事になる。

よしよし順調に進んでいる様ね。


「だがもしリーゼが不快なのであれば」

「不快だなんでとんでもないですわ!」

「…」

「アリス様が学院に馴染めていないのもまだ彼女の必要性を周りが理解していない事も理由のひとつとしてあります。国にとって重要な存在なのだと印象付ける為には必要な事だと思いますわ」

「………そうか」


あら?

ちょっと『evergreen(エバーグリーン) lovers(ラバーズ) 公式ガイドブック』!

『滅多に感情を表に出さない』クラウス様が何とも言えない表情になってるわよ?これは何と言ったらいい表情なのかしら。

アリスと踊れて嬉しいけれど婚約者(わたくし)の目の前で浮かれまわるのは失礼なので我慢しているからこんな微妙な表情に…?

それにしてもクラウス様が表情を変える事ってレアなのよね。あ〜スクショして取っておきたい。こんな時この世界に映像保存技術がないのが歯痒くて仕方がないわ!


自力で何とかするしかないので、しかとこの目に焼き付けておいた。


結果、何とも言えない微妙な表情の男と獲物を狙う猛獣の様な眼をした女が見つめ合う、異様な光景がそこにあったのである。





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