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第68話 もうひとつの石②

今頃大広間では貴族達が楽しく踊っているのだろう……建物ひとつ分しか離れていない距離で奏でられる楽団の演奏を遥か彼方(かなた)別世界の様に遠く感じながら、わたくしはザイフリートの手の中にある、鶏卵ほどの大きさの薄紫色をした魔石を、(なか)ば茫然と眺めていた。


「王宮から盗まれた『石』は一対だった筈よ……何故『従者の石』がもうひとつあるの!?」

「『石』の盗難は機密事項だよ。娘と言えど『イドニアの盾』たるアルヴァハイム侯爵閣下が漏洩するとは考え難い……その情報はロイスからかな?」

「………!」


カルラから聞いた事を言い当てられ内心ギョッとするも、わたくしは彼を睨み付けたまま無言を貫く。

お父様は情報を漏らさないけれどカルラは漏らすみたいな、それってカルラに対して失礼だと思う。まぁ漏らしましたけれども。


「……まぁいい。確かに王宮にあったのは『主君の石』と『従者の石』が各々(おのおの)ひとつずつ。そしてその『従者の石』は、今は"銀の悪魔"の体内にある。私が持っているこの『従者の石』は、私が作ったものだよ」

「『作った』ですって?そんな事……」

「出来るさ。術式と魔石さえ揃えばね。術式は元々あった『従者の石』に刻まれていたし、『従者の石』になり得る程の〈闇〉の魔力を持った魔石を手に入れるには骨が折れたが……最近になって(ようや)く、ひとつ作り出す事に成功したのだよ」


「まぁ、それはおめでとうございます!」などと言う気持ちにはまったくなれず、わたくしはザイフリートが持つ『従者の石』を苦々しい思いで見つめた。


―――『主君の石』と『従者の石』は、相反する性質をいくつか持つ。

例えば、『従者の石』に対応する『主君の石』は(ただ)ひとつだが、『主君の石』に対応する『従者の石』はいくつあっても良い。


そしてこの流れを考えるに、『主君の石』を持つザイフリートが、新しく出来た『従者の石』を使おうとしている相手は………


「…その、(ようや)く出来上がった『従者の石』を、まさか、わたくしなんかに使おうだなんて、思っていらっしゃったりいたしませんわよね……?」

「わたくし『なんか』と卑下する必要は無い。エリザベータ嬢は十分に役立つよ」


ひぃっ!やっぱりわたくし!?

何て嬉しくない褒め言葉なのかしら!


「"銀の悪魔"は、妹は死んだものと思っている。殺すと(まで)はいかなくとも、妹を"銀の悪(アレ)魔"の目に届かぬ所まで遠ざけられれば良かったのだが……あの男は思った以上に良い働きをした」


どうせ、テオバルトが余計な希望を抱かぬ様に「妹は死んだ」と、貴方(あなた)が吹き込んだのでしょう。『エバラバ』をプレイしたわたくしは知っているのよ。


ザイフリートは『従者の石』に落としていた視線を、ゆっくりとこちらに向ける。


「言っただろう?『ゆっくり話がしたい』と。エリザベータ嬢の周りでは優秀な侍女が―――いや、護衛か―――常に目を光らせているからね。まんまと一人になってくれた、この機を逃す手は無い」

「だっ、だからと言って、何故わたくしなのよ!〈隷属〉させられた所で、わたくし戦えませんことよ!」

「戦う必要など無いさ。君は優秀だし、戦力に関して言えばロイスが付いて来るのだから十分過ぎる程だ。…君の魔力が低過ぎるのは難点だがね」


一言多いザイフリートにイラッとしながら、どうにかして足を動かせないか試行錯誤する。

「影縫い」をかけられたのは初めてだが、そう長く持続する〈魔術〉ではなかった筈。

どうやら動かす事が出来ないのは(くるぶし)よりも下の部分だけで、気付かれない程度に中腰になってみたり、じわじわと足に力を入れてみたり。我ながら不思議な動きをしているものだ。

ドレスの下での悪戦苦闘を悟られない様、わたくしは扇で口元を隠しつつも、ザイフリートからは視線を切らなかった。


「ロイスって…確かにカルラはわたくし付きの侍女ですけれど、実際の雇用主はお父様よ。貴方(あなた)の手の内に落ちてしまえば、わたくしはアルヴァハイムの敵。わたくしを〈隷属〉させた所でカルラは言う事を聞かないわ」

「聞くさ。……ふむ。どうも君は、自分の価値を正しく理解していない様だ」


カルラは強いし何でも出来る有能侍女なので欲しがるのは分かるが、基本的に任務遂行第一主義なので、そう上手くは行かないと思うのですけれど。

疑わし気なわたくしの表情をどう受け取ったのかは知らないが、ザイフリートは笑みを崩さない。


「良好な関係とは言えないが、私もアルヴァハイム侯爵閣下とは長い付き合いだし、アルヴァハイムの懐剣たるロイス伯爵家当主カロリーナの事も当然、手を尽くして調べてある。

冷厳と振る舞って見せても情を捨てきれないのが人間というものだよ、エリザベータ嬢。

ロイスもアルヴァハイム侯爵閣下も、君が思っている以上に君を大切に想っているし、君が言う程簡単に切り捨てたりはしない。だからこそ、君には利用価値があるのだ。

……王太子殿下にとってもそうであってくれれば、私も助かったのだがね」

「どうしてそこにクラウス様が出て来るのよ!」


ザイフリートの余裕ぶった態度に対して苛立ちながら、わたくしはざわざわと這い上がる様な不快感と共に、膝下までもが固定されて行く事に気が付いた。焦りと共に背中に嫌な汗が伝う。


どうしよう。

思い違いをしていたかもしれない。

かけられた〈魔術〉は「影縫い」ではなかったかもしれない。

だって「影縫い」には効果範囲を拡げる特性なんてない。


「……〈隷属〉の〈魔術〉は『従者(わたくし)』側の承諾がないと発現しないわ。このわたくしが素直に『はい』と言うとでも?」

「王宮で管理していた『主君の石』と『従者の石』の存在は限られた人間しか知らないし、「隷属」の様な禁呪は情報自体が少ない。よくそこまで勉強したものだが……だったら、承諾無しに〈隷属〉させる方法がある事も知っているんじゃないのかい?」





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