第64話 魔石
「これで少なくとも、ゲームの通りにクラウス様が死んでしまう事はない…のよね………」
そう呟いて、ひとり残ったわたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムは、ヘナヘナとその場にへたり込んだ。
テオバルトの身柄は確保した。
万が一アリスがクラウス様ルートでなかったとしても、「テオバルトの不在」によってクラウス様の暗殺イベントそのものが起こらない筈だ。
降り止みつつある"霊風花"を、「綺麗だわ」なんて思いながら、ぼんやりと眺める。
今日は朝から気を張っていたから……いえ、思えば何年間もずっと気を張っていた気がする。
ああすればクラウス様は死なない、こうすればクラウス様が幸せになるかもと、様々な裏工作を重ねに重ね、それでも不安は拭えなくて、こうして今やっと、心から安心出来たと思ったら………足から力が抜けてしまった。
高貴且つ由緒あるアルヴァハイム侯爵家令嬢であるこのわたくし。
誰も見ていないとは言え、地べたに座り込むなんてお行儀の悪い振る舞い、普段ならばひっくり返ってもしないのである。いや、ひっくり返る事もしないが。兎に角絶対しないのである。
―――いいえ、安心するのはまだ早いわ。
縦ロールが踊り倒した謎の男の目的も調べなければいけないし、何より現状のままではアルヴァハイム侯爵家がテオバルト誘拐犯になってしまう。
例え生き別れの兄と再会したからと言って、勝手に眠らせて連れて行ってはいけないのだ、「暗部」の人間というものは。
よく考えてみれば「暗部」の人間でなくとも勝手に眠らせて連れて行くのは良くない事かもしれないわね。まぁいいわ。
テオバルトの体内にある『従者の石』を取り除く事が出来れば、テオバルトに証言を頼む事が出来る。
それは、アルヴァハイム侯爵家が王室の許可なしに「暗部」の人間を連れ去った事への弁明だけではなく、王宮から盗まれた『主君の石』と『従者の石』、更には王太子暗殺を企てた者までもを明らかに出来るという事だ。
魔石を破壊する方法はいくつかあり、先ずは単純に、物理的に破壊する方法。
『従者の石』はテオバルトの体内にある為、物理的に破壊しようとするとテオバルトの方が先に物理的に破壊されてしまうので、駄目。フィーが泣いてしまうわ。
次に、魔石の寿命。
魔石というものは、自らに蓄えた魔力を常に放出し続けており、その魔力は時間の経過と共に徐々に減少していく。そして全ての魔力が尽きると石の形を維持する事が出来なくなり、崩れて消える。
これが魔石の寿命というものなのだが、魔石の寿命はとても長い。人間よりも長い。とても待ってはいられない。したがって、これも駄目。
結局、現実的な方法はひとつしかない。
魔力による破壊だ。
違う属性の魔力を注ぐ事で、魔石は寿命を迎えた時と同じく崩れて消える。
テオバルトルートでアリスが『従者の石』を消滅させたのは〈魔術〉ではなく、石に魔力を注ぎ込んだ結果だったのかもしれない。
但し、魔石の研究書によると『従者の石』は魔力の含有量が膨大で、並大抵の魔力では破壊する事は出来ない。
『精霊王』となる程の魔力を持ったアリスだからこそ可能だったのだろう。
しかし―――
『従者の石』が無理でも、『主君の石』だったら。
ぐっと足に力を入れ、わたくしは立ち上がった。
「まだやる事は残っているわ」
いつの間にか"霊風花"は降り止んでいた。
変わらず大広間の方から風に乗って流れて来る楽団の演奏に混じって靴音が聞こえた気がして、わたくしは耳を澄ました。
気のせいではない―――その靴音は徐々に大きく、こちらへ向かって来ている様だ。
カルラにしては早すぎるし、そもそも彼女が履いている革靴の音ではない。
多分、男物の靴の音。見廻りの兵士かしら。
とりあえず固定装備である派手扇を広げ、優雅に散策している体を装う。
やがて回廊の角を曲がって足音の主が姿を現した。
「………おじさま」
わたくしの呟きに、足音の主はこちらに視線を向ける。
「エリザベータ嬢。こんな所で何を?」
ザイフリート宮中伯、わたくしの父であるアルヴァハイム侯爵の「旧友」は、わたくしを見て、不思議そうな、それでいて気遣わし気な表情で歩み寄って来た。




