第63話 暗殺者テオの入眠
「眠りに……そうですか」
テオバルトはしばし俯き、やがて顔を上げた。
フィーと同じ菫色の瞳に、悲壮な決意が見え隠れしている気がする。
「分かりました。妹の恩人を害そうとした罪、僕のこの身をもって償います」
「………貴方、何か勘違いしていない?」
「永遠の眠りにつけ」って言われたみたいになっていない?
『エバラバ』でもそうだったけれど、テオバルトは〈魔術〉で自由を奪われた悲嘆からか、世を儚んでいるというか、直ぐに死にたがるというか、会話しているとこう、少し疲れる。
「わたくしが言っているのはね、そのままの意味、今日一日寝ていなさいという事よ」
「寝る……」
わたくしの言葉の意図をはかりかねている様子のテオバルトは、きょとんとこちらを見返してくる。こういう顔はフィーと似ているのね。
「『従者の石』を持つ者は"主"の"命"に逆らう事は出来ないけれど、それはあくまで意識がある時の話。大人しく眠っていてくれさえすれば、少なくともその間は"主"の"命"を実行する事も出来ないわ」
「!」
「貴方、既に"主"から"命"を受けてしまっているのでしょう?未だ行動に移していない所を見ると、時間指定が曖昧なものだったのではないかしら。例えば『今日中に』若しくは『確実に仕留めろ』といった様な」
「なっ… ……!!」
「何故それを」と言おうとしたのかもしれない。
しかしテオバルトは言葉を発する事が出来ないまま、端正な顔を苦悶に歪め、苦しげに胸を押さえた。
「兄さん!大丈夫!?」
フィーが心配そうにテオバルトに駆け寄る。
恐らくテオバルトは今激しい痛みに襲われている筈だ。
わたくしは魔石の研究書と『エバラバ』、双方の情報から、これが「隷属」の〈魔術〉の制約によるものであると察した。
「テオバルト・マイヤー。言葉遣いには気を付ける事ね。『従者の石』が体内にある限り"主"の"命"に背く言動は痛みによって制限されるわ。痛い目に遭いたくなければ、黙ってわたくしの言う事をお聞きなさい」
「リーゼお嬢様は言動が悪役ですね」
「えっ!?や、やだ、カルラったら……褒めても何も出ないわよ!」
「褒めてはおりませんが」
無意識の内に悪役しぐさを振る舞ってしまうとは……どうやら知らず知らず、悪役令嬢を極めつつあるらしい。わたくし、自分の才能が怖いわ。
「は、話は……分かり、ました………」
テオバルトが絞り出す様な声で答えた。
痛みは未だ続いている様だ。
こちらの言い分を聞いて意識を失う事が、"主"の"命"に反する事だとテオバルト本人が認識してしまった為だろう。思っていたより制約が厳しいのね。厄介な〈魔術〉だわ。
「カルラ、お願い」
「かしこまりました」
わたくしの言葉で前に進み出たカルラは、テオバルトの顔に手をかざし、〈闇〉の〈魔術〉を紡ぎ始めた。
「あなたはだんだん眠くなーるー」
〈魔術〉を紡ぐ『精霊言語』は目には見えないものであり、
「あなたはーだんだんー眠くーなーるーー」
実際に言葉を発する必要は本来ないのだが、
「あーなーたーはーーー………眠りましたね」
カルラは「睡り」の〈魔術〉を紡ぐ時には毎回これを言う。何故かは知らない。
力なく崩れ落ちたテオバルトの体をカルラが受け止め、そのまま回廊の床にゴロンと無造作に転がす。
「カ、カルラ、優しくしてあげて……」
「大丈夫でございます、フィーお嬢様、死にはしません」
慌てるフィーにそう答えながら、カルラは懐から「魔力不感知」の〈魔術〉を施した布で包んであった―――本当ならば「魔力不感知」の〈魔術〉を施した布でテオバルトの体毎包んでしまえたのならば眠らせる必要もないと思ったのだが、人ひとり包む面積の布に〈魔術〉を施すには膨大な〈魔力〉が必要だった為に断念した―――魔石を取り出し、床に転がるテオバルトの手に握らせる。
「持ってきておいて正解でしたね」
「浮力累加」の魔石を握らせたテオバルトの体を「どっこいしょ」と小脇に抱え、カルラが言った。
気を失った男性の体を持ち歩くのは如何にカルラでも骨が折れただろうが、〈魔術〉によってテオバルトの体重はかなり軽減されている筈だ。
本来カミラに「浮力累加」の〈魔術〉をお願いする予定だったのだが、抜け目なくセーフティーネットを用意しているカルラ、流石は出来る侍女である。
「ではリーゼお嬢様、これを馬車に運んで来ますので、暫しここでお待ちを」
「わかったわ。フィー、貴女はテオバルトに付いていてあげてね」
「はい、姉様」
フィーと共に颯爽と歩き去るカルラの後ろ姿を見送って、わたくしは深く息を吐いた。




