第62話 暗殺者テオの葛藤
陽の光をキラキラ反射させながら雪の様に舞い落ちる、クラウス様の魔力の欠片たち。
"霊風花"を見た貴族達から歓声が上がった。
楽団が音楽を奏で、それを皮切りにダンスが始まる。
そんな中、わたくしエリザベータ・フォン・アルヴァハイムは大広間と棟続きの旧聖堂にいた。
遠く楽団の演奏を聞きながら、外構を廻る回廊に沿って建物の裏手側へと回ると、回廊の外は庭木の向こうに城壁があるばかり。
今日は旧聖堂を使用していない事もあり、見廻りの兵士の姿はおろか人の気配すら感じられない。
「いない!?」
「お嬢様、あそこです」
カルラに言われて初めて、ひとりの青年の存在に気が付いた。
今の今まで、確かに誰もいなかった。
王室「暗部」の者は、「認識阻害」の〈魔術〉が施された〈闇〉の魔石を持っている。
それを持っていると存在を認識され辛くなる―――要は徹底的に影が薄くなってしまう訳だが、「在る」事が分かってしまえばその効果は消えるのだ。
後頭部で一纏めに結った長い髪は、フィーと同じ銀色。
男性にしては線が細く、回廊の端に佇み外をぼんやりと眺める横顔は儚げな雰囲気を漂わせている。
いつか『エバラバ』で見た、そのままの風景がそこにあった。
テオバルト・マイヤー。
とうとう見つけた。
面倒をかけてくれたわね。
大方「認識阻害」の魔石があるからと油断して、こちらにも気付かず「あの城壁の向こうへ逃げられたなら……しかし、体に埋め込まれた『従者の石』がそれを許さない。このまま逆らう事すら出来ず、王太子殿下を…この手で………クソッ!」とかなんとか葛藤しているのでしょうけれど、そうはさせないわよ。
「兄さん……!」
フィーの声に、テオバルトが弾かれた様にこちらを向いた。
「フィー……?フィーなのか…!?」
信じられないといった様相でフィーを見つめるテオバルト。
兎に角彼には事情を説明しなければならない。
わたくしは声を張った。
「観念なさい、テオバルト・マイヤー!大人しくわたくしの話を聞かないと、貴方の可愛い妹が悲しい思いをする事になるわよ!」
わたくしの言葉を聞いたテオバルトの眼光が鋭いものに変わった―――と、思った瞬間、彼の姿が視界から消えた。
「えっ!?」
左右を見渡すが、テオバルトを見つける事は出来ない。
突如、劈く様な金属音が耳元で鳴り響き、わたくしの体が前によろめいた。
「えぇっ!!?」
振り返ると直ぐ真後ろに、短剣を手にしたテオバルトと、その短剣を暗器で弾き返したカルラの姿。
「カロリーナ・フォン・ロイス………"首刈りカルラ"か」
「既に引退した身です」
短剣を構えるテオバルトを睨み付けたまま、カルラが答える。
なんだか物騒な異名が聞こえたが、カルラが守ってくれなければ、わたくしがテオバルトに首を刈られていた所だったのではないのかしら。
これが「暗部」の力………怖。
「兄さんやめて!!」
間に割り込んだフィーが、わたくしの体にしがみ付いた。
フィーは小柄なので、この体勢は一見すると甘えている様に見えてしまうが、庇おうとする気持ちがその全身から伝わってくる。天使。
「姉様は!リーゼ姉様は、わたしを助けてくれたのよ!!」
わたくしにしがみ付きながら、フィーは必死に訴える。
「名前を、悪い人たちから隠れるために名前を変えた時だって!兄さんが前と変わらず『フィー』と呼べる様にって、『フィオナ』って名前を考えてくれたのだって、リーゼ姉様なのよ……!」
「フィー………」
戸惑った様子でわたくしとフィーとを見比べる様に視線を彷徨わせていたテオバルトだったが、やがて短剣を下ろし、力なく項垂れた。
「僕は……僕はてっきり、フィーが人質にされているのかと………」
「なんですって、失礼ね!」
この悪役令嬢顔の所為で今まで様々な誤解を受けて来たわたくしではあるけれど、誘拐犯扱いは流石にあんまりなのではないかしら。
「まぁ、先程のリーゼお嬢様の発言は、少々誤解を招くものではございましたね」
テオバルトから短剣を受け取りながらカルラが言った。解せぬ。
「申し訳ありません…妹の恩人に剣を向けるなんて、"首刈りカルラ"が止めてくれなければ、僕は今頃………クソッ!僕はどこまで愚かな人間なんだ、この様な失態を犯してしまった以上、如何様な罰でも甘んじて」
「それは一旦置いておいて、わたくしの話を聞きなさい。あと、カルラを変なあだ名で呼ばないで」
「『変』だなんてとんでもない、彼女の名誉の為に反論させて頂きますが"首刈りカルラ"の名は悪評からくるものではなく、彼女の功績を称えた大変誉れ高い」
「良いから聞きなさい!!」
埒があかないので、テオバルトの話を遮って話を始める事にする。
「テオバルト・マイヤー。貴方にはこれから、眠りについていただきますわ」




